「お前は男でも女でもなく、一人の人間だ」

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師僧の原稿に、度々「不思議ちゃんになるな」という表現が出てきます。

この道の修行をする前後から、格段に超常現象やら怪奇現象やらに見舞われるようになり、いいことも悪いことも(いわゆる被るという奴)をたくさん経験しました。

師僧からも『これから色んなことが起きる。まぁ、楽しみにしてなさい。ヒヒヒ。何かあったら連絡するように。その都度祓うから』という愉快そうなはなむけの言葉を頂きました。

で、いちいち超常現象が起きる度に「こんなことが起きました」と報告していた訳です。

その中には『気のせいです(笑)』というものもありましたが、すぐにラインやメールが返ってきて『詳しく説明しなさい。それは大事なことです』と、腰が引けるくらい真剣な質問に発展することもありました。

それか問答無用で電話が掛かってきたことも(;'∀')

この場合、師僧の指示は2パターンありました。

・俺がやってもいいけどよ、面倒くせぇから君がやりなさい。やり方は教えてあげるから。

・それを写真に撮って送りなさい。こちらで処理します。

そのあと「これは一体なんでしょうか」と聞いたとき、教えて頂けたものもあります。

が、『まだ君には話さない。不思議ちゃんになったら困るからな』『まったく女の弟子っていうのは、すーぐいいお知らせだと思いやがる』『早くお前の泣き顔が見てぇよ』『嫌ならやめちまえ』
とか言われることもありました。

これにカチーン。とくる私です。
男だ女だ、というラベリングには我慢がなりません。

だから、弟子になりたいという人や、弟子になりませんか?と言われて喜んでいる人を見る度に、初期の頃は「なんでそんなことを喜ぶの?どんな毎日が待ってると思うの?あんたヴァカ!?馬鹿なの?」と思ってました。
「やめときやめとき。信徒でいる方が絶対にいいから!!」とも。

※いま私が直接交流のあるお弟子さん仲間に対しての事ではありませんm(__)m

しかし私のような扱われ方をするお弟子さんは少数派だと知りました(笑)
それがいわゆる行者コースと毎日の暮らしに學びを活かす在家弟子コースの違いでしょうね…。

それからは、心穏やかに「學びを深めること、ご本尊さまと仏縁を結ぶことですから、何も心配はございません」と説明するようになりました。

最も、私と同じ行者コースの弟子仲間には、そんな生温い事は言いません。

知る限りの行者コースの弟子仲間は慈行さんだけでした(笑)←一番の被害者。



閑話休題。
そんな言葉を投げつけられるたびに私はこう思ってきました。

ぜってー、やめねぇし。
第一、辞めるなんざ言った覚えがねぇよ。
絶対にその固定観念を外させてみせるぜ。



その結果、本来の負けん気の強さにターボがかかり、あっという間に「赤不動明王院の狂犬」が出来上がりました。

師僧は師僧で、霊視で私が自分をキッと睨んで歯向かってくるのが分かったそうです😅
涙を流して打ちひしがれるような人間ではありません。

うちの母は男社会で揉まれてきた薬剤師です。

私は子守歌代わりにずっと、こう言い聞かされてきました。

「いい?女はね、男の三倍努力しても認めてもらえないの。それでも絶対に負けてはダメ!
どんな手を使ってでも足を引っ張って引きずり降ろされようとしても、くじけるんじゃないよ。
歯を食いしばりなさい。
涙なんか流したら負けだからね。
誰にも文句を言われないようになるまで、這いつくばっても頑張りなさい」


それは、そのまま母の人生の軌跡を表すものでした。

ですから、私が「おめーみたいに短気で気の強ぇぇ女はキライだ」と師僧に言われるのは、育ち方に問題があるとしか言いようがありません。

その甲斐あって、 荼枳尼天さまとの約束を無事果たした後、師僧からはこんな言葉を頂きました。

「お前は男でも女でもない。後藤慈優という人間だ」

私の中で無駄にがむしゃらになっていた部分を見て、師僧なりにちょっとストップをかけたというか、一旦ピリオドを打ってくださったのでしょう。

最近ではこんな言葉も師僧の口から出てくるようになりました。

『全く。お前は身体が丈夫な方じゃないんだから、寝る時には寝て、食べるものは食べること。いいね!?』
『いつも空元気で嫌になる。困った時には素直に相談しなさい』

鬼の永作もヤキが回りましたか???
はねっかえりの狂犬女弟子…それが後藤慈優という女です。


僧侶の世界も男社会だと思います。

その中で一人ワーワー大騒ぎをして、男女同権を叫ぼうとかそんな大それたことはするつもりありません。
あくまで私の内面という狭苦しい世界の中での一人だけの戦いです(笑)

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# by masumi-inari | 2017-01-18 21:00 | 弟子が荼枳尼天を背負ってやってきた
結縁勧請で視えたもの

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密教では、行を希望する場合にはその都度結縁灌頂が必要です。

確かに印や印言はネットや専門書を調べれば、ある程度のところまではつかめます。
しかし肝心なことは口伝なのです。

公に調べられる情報がほんの一部であることがわかれば、「誰にでもすぐできる密教の○○」を鵜呑みにして実行することが、いかに危険なのかよくわかるはずです。

((((;゚Д゚))))ガクガクブルブル


これは、わたくし慈優が孔雀明王尊との結縁をして頂いたときの話です。

読経が始まると、私の視界のすぐ右手に焔が見えました。

それを見た瞬間、「この法を私が伝授されることを、ご本尊様が許して下さったのだな」と察しました。
ありがたいなぁ…と思っていると、その焔の中から利剣が現れました。

その利剣に焔が絡みついていくではありませんか。

その焔が龍になったとき、もしやこれはあれでは…?と気づきました。
私が霊視した「あれ」⇒倶利伽羅剣(くりからけん)

どっしぇ~(;'∀')

それが消えると、立派な屋根のような飾りがついた厨子が見えました。

この中にいらしゃるご尊像と、縁結びをして頂けるのですね。
ありがとうございますm(__)m

その厨子は消え、しばらく穏やかな状態に入りました。

再び厨子が現れたとき、ふと「もしかしてこれは仏さまがお乗りになる車では?」と閃きました。
その名前がなんだかわかりませんが、送迎の車です、車。

結縁が終わった後、私へ三鈷剣をお迎えしないか?との話が師僧から出て戦きました。

あまりにも身近になると、つい忘れてしまいますが、うちの師僧は霊能者でしたね。

そんなこんなで、また修行本尊が増えたのでした。


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# by masumi-inari | 2017-01-17 21:00 | 弟子が荼枳尼天を背負ってやってきた
被るとどうなる!?パート2~禁じられたままごと

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前回は、危険運転で危うく命を落としかけたというエピソードをお話しました。
結構強烈なインパクトを与えたようですので、今回はマイルド方面のお話をしてみたいと思います。
「マイルド」のさじ加減が今一つわかりませんが。

私が学生時代に暮らしていた福岡時代の話です。
お付き合いした男性の中に、いわゆる「心霊スポット」が好きな人がいました。

自称霊感がある。という方で、子供の頃から普段の生活の中で当たり前に霊が見えていたそうです。
ただ見えるだけでなく、「○○してくれ」「助けてほしい」と頼られてきたのだと。

…私は御免蒙りたいですけどね(-_-;)

その彼のアパートに週末泊まりに行くような生活になったある時、(とにかく田舎なので、どこにも行く場所がないんです。学生で貧乏だし)私は身体に異変を覚えました。

最初は難聴です。
20、21の若さで、仕事もしていないのに、何のストレスなんでしょうか。

最初は彼の博多弁が聞き取れなくて、会話に多少困難を感じているのかと思いました。
しかし違うのです。

学校でシャワーのように浴びている博多弁、宮崎弁、長崎弁、佐賀弁などの蓄積があるので、日々のやり取りでもほぼ聞き返すという事はありません。

自分も怪しい九州弁(ミックスバージョン)で会話していたのです。
特別彼の訛りがきついのか?

しかし、彼はどちらかというと標準語寄りで、わざとネタのように九州男児色を出すとき以外は、さらっとした穏やかなアクセントで話す人だったのです。

なんで彼との会話だけ、こんなに聞き取りにくいのか。
うーん。悩みました。

次はもう少し深刻です。
彼も私も底抜けに酒が強いのです。

若さに任せて、夕方5時くらいから朝5時くらいまで、ほぼ顔色ひとつ変えずに淡々と飲み続ける…みたいなことを、バイトも学校もない休みの日はたまにしていました。

彼と私は学校で文芸部に所属していて、生意気にも月刊誌を発行していたのです。
その原稿をまとめたり、校正を考えたり、挿絵を描いたり、次に書こうと思っている話の構想を語り合ったりしてると、時間はいくらあっても足りません。

本当にそんなことが楽しくて仕方のない時代でした。
いつの間にか寝落ちしてる。
そんな生活が何もない日の過ごし方だったのですが…。

夜中にトイレに行きたくて目を覚ますときに、それは起こりました。

私はいつも、アパートの部屋の中で方向が分からなくなるのです。
ある時は壁に向かって、ある時は押入れのふすまに向かって、必死にあるはずのないドアを開けようとして焦っている自分がいました。

寝ている部屋を出て、洗面所に向かう途中に台所があったのですが、そこまで出ても、トイレの方向がすぐにはわからないのです。
寝ぼけながらパニックになるという、前代未聞の感覚に私は圧倒されました。

何とか事なきを(詳細については語りたくない)得て、私はトイレを済ませることがいつもできたのですが(;´・ω・)

難聴も部屋の中での方向感覚を失った体験も、ふたつとも被っていたのだそうです。
彼氏が趣味で心霊スポットに度々乗り込み、そこにいた霊たちの怒りをかっていたのが原因だとか。

頼られている。と自負していた彼は、霊の求めに応じて、天界に送ってあげたり、供養?してあげていたと。
しかし、それはあまりに危険なままごとでした。

彼は憑依され、その影響を感じやすい私は受けていたのです。
霊の立場で言えば「ほっといてくれ。っていうか、来るなお前」でしょうね。

その後、彼は私の友人と浮気し、私は彼と別れました。
守護霊さまが引き離してくださったのでしょう。

彼と別れてから、難聴は直り、自室で夜中にトイレに起きて方向音痴になることもなくなりました。

【本編のまとめ】
除霊ごっこは命取り。
お粗末でしたm(__)m

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# by masumi-inari | 2017-01-16 21:00 | 弟子が荼枳尼天を背負ってやってきた
被るとどうなる?パート1~死出のドライブ

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実際に私が被った、あるいは被った人と行動を共にしていた時の体験談を語ろうと思います。

今を去ること20年くらい前のコトです。
失恋と仕事のストレスから、うつ病になってしまった友人がいました。

彼女は拒食症と過食症も繰り返していました。
復職するか退職するか決めなければならない…という期限が近づいていた時のこと。
私は彼女が行きたがっていた山間の自然食レストランに、二人で出掛けることにしました。

人前で食事をすることに対して非常にナーバスになっている彼女が、私を食事に誘ってくれたのは驚きでした。
いま掛かっている病院の話、薬の話、主治医の先生へのほのかな恋心等。
うんうんと頷きながら話を聞いていました。

本当にもう大丈夫そうかな?
興奮すると、おしゃべりが一本調子で止まらなくなることにかすかな不安を覚えつつも、「今は自分に発破をかけているんだ。内心は不安もあるだろうに、前向きに振る舞っているのだろうから、水を差すようなことは言うまい」と私は心の中で折り合いをつけていました。

車の免許がない私は、彼女にアパートまで迎えに来てもらい、帰りも送ってもらうことにしていました。
途中までは、彼女の好きなジャニーズのCDを掛けて二人で歌いながら、楽しくドライブしていたのですが…。

ふいに彼女のトラウマに関する言葉が彼女の口から出たことから、空気は一変。
能面のような表情になり、話しかけても返事をしてくれなくなりました。

幸い走っている車のない田舎道だったものの、彼女はスピードを急激に上げました。
ハンドルさばきも、同じ彼女とは思えないくらい乱暴に。

カーブを曲がるとき、私は助手席の扉に打ち付けられました。
!?

「そんなに慌てなくても、この後わたし用事がないから大丈夫だよ」

わざとのんびりした口調で話しかけてみましたが、聞いている風はありません。
こわばった横顔、そして昆虫か爬虫類のような目つきになった彼女は、更に道幅の狭い裏道に突っ込んでいきました。

そこは舗装された道路ではなく、どう考えても農業、林業をしている人たちが作業の為に通るような道。
両脇から生い茂った竹がアーチのように半円を描いていました。
車のドアをこする木々の音。

ふと窓の外を見ると、冬の間に雪で地面が削られたらしく、窓のすぐ下は崖になってしました。

「この道を通らないとダメなのかな。県道に戻ろうよ」と私は彼女に声を掛けました。

戻ろうよ。はいいのですが、無理やり車を突っ込んでいるので、方向転換する余裕すらありません。

もはや、バックで県道に戻ることも無事にできるようには思えない獣道。
もうここで死ぬのかもしれない。でも、こんな死に方は嫌だ!!!

と思った瞬間、目の前に倒木があり、進行を妨げていました。
倒木の手前には、軽自動車が何とか方向転換することが出来るほどのくぼみも。

前進できない光景を目の当たりにし、ようやく彼女は我に返りました。
「今年の冬は雪が多かったからね~。道が悪いよ。ここで引き返して戻らない?」

あくまでのんびりした口調を崩さず、私は彼女に語り掛けました。

彼女は夢からさめたような顔つきで、ほぅ…と大きなため息をついた後、あちこちから伸びた草木で車体をこすりつつも、何とか来た道の方向へ車を方向転換しました。

その後彼女は復職しましたが、やはり体調が優れないとの事で仕事は辞めたそうです。
私はそれからほどなく、父そして祖父が相次いで亡くなったため、地元に帰ることになり、以後彼女とは一度も会っていません。

年賀状のやり取りも途絶え、今はどうしているのか消息もつかめないのです。

プライバシーを守るため、細かな状況やなぜ彼女が「被った」のか、に関する具体的なお話は致しかねます。
少しだけ書くと、彼女の家が代々祀ってきたある神さまの祠を、二世帯住宅にするために壊してしまったことが原因でした。

ただ、これは私が死にかけた大変な「被り」体験のひとつです。
神仏は無礼に関して、決して寛容ではありません。

皆様もどうぞ、くれぐれもお気を付け下さい。

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# by masumi-inari | 2017-01-15 21:00 | 弟子が荼枳尼天を背負ってやってきた
危険な香り

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霊的に感じる匂いは、それが高貴なものであるときには花のような香りが突然、何もない空間に漂い始めることがあります。
あるいは新茶を炒ったような香ばしい香りの時もあります。

高く澄んだような音が響くこともあります。
陶器の薄い茶碗をはじいたような音です。

しかし、低級霊や邪気、人の悪意、恨みつらみなどが発する匂いは「臭気」と呼ぶのがいちばん相応しいのです。
その多くはドブのような匂いです。
ヘドロっぽい感じ。
またケモノ臭がする時もあります。

私は長く派遣社員として働いていました。

ある会社で働いていたとき、日常的に仕事の指示を出してくれる契約社員さんが、ある日突然この匂いを放ち始めました。

彼女は当時28~32歳くらいで、独身。
すれ違う人が思わず二度見するような、女優のようにはっきりした目鼻立ちをした美人でした。

ご本人も、自分が美しいことを充分に自覚されているようすが伝わってきました。
自分に相応しい色使いのおしゃれをしたり、スカート姿できちんとしたかかとのついたヒールをあわせるような服装が得意だという意味です。

髪はいつもツヤツヤで、シャンプーの良い香りがしました。
ハンカチにはきちんとアイロンが掛かっていて、バッグの中には裁縫セットが入っているようなコンサバ感です。

その彼女からケモノ臭です。
ドブの匂いもしました。

私は会社の横を流れる用水路の掃除があったせいだと思いました。
しかし、溝掃除をした形跡はないのです。

またパソコン業務をするために、部屋は閉め切って冷房がかかっていたので(窓のない部屋で仕事をしていました)、開いた窓から風に乗って外の匂いが流れてくる可能性も皆無。

強烈な匂いを放つ薬品を扱う必然性もない、単なるキーパンチャー業務です。

悪臭が彼女からしてくることを、私の脳は認めたがりませんでした。

決して体臭ではないのです。
体臭には、体温の熱が絡みます。

そのとき感じた霊的な悪臭には、湿気は感じても熱はないのです。

私はいつもグループのまとめ役だったので、作業の効率が悪いとか、ミスが多いとか、彼女から人前で叱責されることが多く、個人的に会話するような関係にはありませんでした。

また、我々のような派遣社員は、社員からは備品かゴミのような扱いを受けていたので、対等に話が通じるような世界でもなく…。
私は逆にそれで助かっていました。

一方的に感情に任せて怒鳴られたり、部屋で何かがなくなるとためらいもなく派遣社員が犯人だと決めつけられ、嘘の自白をするまでしつこく事情聴取されるような職場でしたが…。

匂いに敏感な私は、口を利かずにいられることが恩の字でした。

匂いがあまりにひどく、叱責する彼女が正面にいる時には、持病の喘息にかこつけて咳き込むことで耐えました。
時々咳き込み過ぎて、職場でも吐いたり、咳の激しさで失禁することもありました。

周りには、私が叱られるストレスに耐えかねて発作を起こしているように見えたでしょうが、本当の理由は誰にも明かせませんでした。

私が職場にいる間、度々発作を起こすようになってしばらくした頃、彼女はナントカという病気で休職しました。
もしかしたら、その匂いは彼女が体調を崩す前兆だったのかもしれません。

また、私以外にその匂いを感じていた人が一人もいなかったので、やはりそれは私だけが感じた霊臭の一種だったのだと思います。

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# by masumi-inari | 2017-01-14 21:00 | 弟子が荼枳尼天を背負ってやってきた
信じたくない匂いの話

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これから数回に渡って、弟子入り前の忘れられない体験について書いていこうと思います。
お付き合い頂ければ幸いです。

私が福岡県にある某総合病院で、心理士の研修を受けていた当時の話です。
たまたま用事があり、普段は通らない心療内科の外来の廊下を歩いていたときのこと。

午後4時を回り、外来患者様もまばらになっていました。

視界に入るのは、心療内科医の診察を終え、臨床心理士とのカウンセリングを待っている患者さまがお二人。

私がその先の研究室に資料を返却しに歩いているとき、すれ違う人はいませんでした。

にも拘わらずです。

私が研究室の方向へ進むと、すれ違いざまに線香の匂いがしたのです。

外来ですよ、外来。

私は学生時代、老人保健施設へ一年間清掃業務で通いました。
そこには入居者の方がお亡くなりになったときに安置される、霊安室というものがありました。

時折、御在室の時にはお線香の香りがしたものです。

それは嗅覚で納得がいきます。

私は軽く混乱しました。

そして後ろを振り返りましたが、やはりそこには人気のない午後の外来の廊下が伸びているだけ。
線香の香りは私を追い越し、ふっと消えていきました。

誰に話しようもない、私だけのささやかな体験でした。

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# by masumi-inari | 2017-01-13 21:00 | 弟子が荼枳尼天を背負ってやってきた
慈有、法具を買う

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2016年8月の話です。
当時私はまだ「慈有」の名前でしたので、タイトルは旧名で書いております。


密教で最も大事とされていることのひとつに「観想」があります。
観想…仏語。特定の対象に向けて心を集中し、その姿や性質を観察すること。
見ていなくても、まるで目の前に仏像があるかのようにイメージ出来るようになること。

それは手印を覚えることよりも、長い陀羅尼を完璧に暗記することよりも先んじて勤め、励むべきことなのです。

私の元には、〇〇さまの真言を教えてください。印を教えてください。
というメールが日々入ってきます。
教えて良いかどうか、どの印・どの真言を教えて良いのか。はその都度師僧に確認を取ってからお返事しています。

殆どの場合、「印や真言はまだ先の話。観想が何よりも大事だと伝えてあげなさい」という返事が返ってきます。
香合仏を礼拝目的でお迎えの方は別のことが多いですが…。

つまり、それほど観想は重要なのです。
何故か重要なのか。については、密教塾メールマガジン(月額3000円)の中で説かれています。

閑話休題。

8月のある暑い朝、ご本尊さまへお勤めをしておりました。
ご真言を唱えていてたところ、それが突如現れました。

それとは、独鈷杵です。
わぁ、独鈷出てきたー。と思っていると、自分と独鈷とが一体化し、自分自身が独鈷になるのを感じました。

これが入我我入という奴か?

入我我入…瞑想法によって瞑想の対象である釈尊や菩薩のすべての働きが修行者自身に入り込み、また修行者のすべての働きが対象である仏陀や菩薩に入り込んで、修行者と仏陀や菩薩とが一体となること。

これまでも合掌している自分の手が白い蓮華の蕾になり、その蕾と自分が一体化し、自分自身が白い蕾になる…という体験はしていました。
それは合掌の手の残像がある為だろうな~とは思っていたのですが、残像で独鈷の形になり得るものが視界の中にあるとしたら、ご本尊像しかほかにありません。

仏さまと一体になるというならまだしも、法具と一体化するという事があるのだうか。
と不思議な気持ちでいると、突如閃きました。

自分自身が独鈷杵になるという事は、「ご本尊さまの道具となりなさい」というお示しなのかもしれない。と。

その瞬間、「独鈷杵を買おう」と決めました。

それからほどなく、私は師僧から『屋敷祓いに行け』と師僧から命ぜられました。

この為に必要だったのか…。
ちなみに、その時の師僧の推しは、独鈷よりも三鈷杵でした。

が、私は観想中に出てきた独鈷があったので「いえ、独鈷でお願いします」と答えました。
お迎えはしましたが、私は師僧から法具の使い方等はその当時教わっておりません。

単純に護身守りとして、屋敷祓いに携帯しました。

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これが私のお迎えした鳴金製独鈷杵です。
手前は、霊障対策の孔雀明王さまご仏徳入り精油ブレンド

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# by masumi-inari | 2017-01-12 21:00 | 弟子が荼枳尼天を背負ってやってきた