カテゴリ:弟子が荼枳尼天を背負ってやってきた( 52 )

本当にあった、仏さまと私のお話

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慈優の修行記録です


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by masumi-inari | 2018-01-29 23:00 | 弟子が荼枳尼天を背負ってやってきた
玉手箱の中にあったもの

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これまでお弟子さんや信徒さまとお話させて頂く中で、「夢に仏さまが出ていらして、ご縁を感じたことがきっかけで信仰を始めました」という事をしばしばお伺いしてまいりました。

夢に出ていらっしゃるなんて羨ましいです。
とその都度お答えしていたように記憶しています。

なぜなら、私の場合は夢に出てきて下さるというより、お勤めの最中に色々と見せて頂いたり、香りでお示しを頂いたりするからです。

人間でも「特に好きではなかった同級生(同僚)なのに、夢に出てきたことがきっかけで好きになってしまった」という事がありますよね。
その特別感は何物にも表現しようがない気がするのです。

でも、そういえば私も過去に霊夢を見たことがありました。
ダキニさまのご縁日の夜に、三鈷杵が折れた夢を…💦


先月、また霊夢を見ました。

今日はその話をしたいと思います。

ある日、私は稲荷さまから黒い漆塗りの箱を頂戴しました。
稲荷なのに朱塗りじゃないのね…と夢の中の私は思っていたのを覚えています。

恐れ多い気持ちでそっと蓋を開けると、中には小さな両垂れの御幣と紙が沢山入っていました。

御幣は私が加行として与えられたものなので「精進しなさい」という意味に解釈しました。
その解釈は当たっていたようです。

もうひとつの箱一杯の紙。
これはどうやら次第書、古文書のことだったことが判明しました。

「お前の処に稲荷の次第書が沢山集まる。それを訳して世の人の為に広めよ」と。

それからほどなく、ご本尊さまのお許しが出て次第書解読班の仕事が始まりました。
赤不動明王院が所蔵する古文書、次第書は全て、沢山の方のお力、ご協力があって揃ったものであり、師僧が血のにじむ思いをして集めてこられたもの。
いわば、現世と古来の人たちの信念、信仰、努力、そうしたものの結晶です。

それが私の処へ来たこと、私が受け継いで果たすべき役割と責任を、もう一度俯瞰して考えなさい。という深い教えでした。

先人の思い、そしてご協力者さまたちの思い、全てを背負い、仏の御前に精進致します。










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by masumi-inari | 2017-02-19 21:00 | 弟子が荼枳尼天を背負ってやってきた
尊格~仏さまをお迎えする順番

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赤不動明王院や眞澄にたどり着いてくださった方たちから、しばしばこのようなご質問を頂きます。

『気になっている仏さまが複数あるのですが、どなたをお迎えしようか迷っています』
『どなたからお迎えすべきなのでしょうか』

本気でお迎えし、礼拝供養したいと望まれている方に対してはこのように説明しています。

『仏さまには尊格というものがあります。尊格の高い方から先にお迎えするのが筋ですよ』と。

例えば、ダキニ天さまとお不動さまとをお迎えしたい…と考えていらっしゃる方がいるとしましょう。
すると、最初にお迎えするのはご本尊であるお不動さまが良いのです。

これは何も仏像を次々に売りつけて儲けようということからではないのです。
ダキニさまはご本尊さまのご眷属でもありますから、眷属を先に迎えるのではなくお仕えさせて頂くお方である、不動明王尊をお迎えするのが順番なのです。

また、私が昨年誓願を立てていた時に教えて頂いたことがあります。

それは、「ダキニ天さまが暴走しないよう、ご本尊さまがいてくださる」という事でした。
私が立てた誓願がそのままの形で果たせなくても、命を落とさないようにご本尊さまからダキニ天さまをお諭しくださると。

天部の仏さまの暴走を止められるのは、ご本尊さまだけ。
ですから、天部信仰をされる方にとっては先にしっかりとご本尊さまとのご縁を深めておかれることが重要なのです。

なんだ馬鹿らしい。
とお思いの方はそれはそれで構いません。

馬鹿にして信用しないのに、御蔭や霊験だけを当たり前のように要求されてもそれが通るかどうかはわかりません。

香合仏を過去にお迎えされた方が、ご自身の信仰心の深まりと共に旅仏をお迎えされるようになると、私の心は嬉しさで満たされます。
信仰に出会う為のきっかけが、きっとその方にとっての香合仏さまだったのだと思います。

中には素人の方がいきなりお祀りするには大変難しい仏さまもいらっしゃいますので、そういう仏さまに憧れやお願いがおありの方は、香合仏さまからお始めになることをお勧めいたします。



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by masumi-inari | 2017-02-18 21:00 | 弟子が荼枳尼天を背負ってやってきた
折衷そして接待

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早いもので、この「弟子が荼枳尼天を背負ってやってきた」シリーズも50話となりました。
今のところ、単行本化も漫画化もドラマ化もアニメ化の予定もありませんし、kindleやブログ本になる予定も全くございませんm(__)m

地味にブログで掲載しているだけです(たぶんこれからも)
ただし白狐通信というメルマガでは、その他の話や密教ブログ番外編などを含め、連続してご購読いただくことが可能です(誰得?)

祈祷本尊をお迎えしてから、一貫して私が言われてきたこと。
・ダキニ天さまと折衷しなさい
・とにかく祈りなさい


ここにきて、もうひとつ増えました。

・作法とは礼儀である。

形式ではないという事ですね。
ここで鈴を鳴らし、ここで~する。
その全体の流れを全うすることはもちろん軽視できません。
しかし、そこに仏さまを想う気持ち、させて頂くという謙虚な心のありようがなければ、作法とは形骸化した動作になってしまいます。

心はそのとき、傲慢に陥り「~しているんだからこれでいい」とか「これだけ~をやっている」という自己満足に終始してしまいます。
これでは仏さまに対する接待ではなく、単なるやっつけ仕事に陥っているのではないか。と気付きました。

いつかダキニ天さまは私にお話になりました。
「私の目で見よ」と。
その時は、単に祭壇の上から、拝んでいる自分自身を見てみろ。という意味なのかと思っていました。

しかし違っていました。

単に自分の姿を見るのではなく、仏の立場に立ってものを考えてみなさい。
自分がいいと思ってしていることは、逆の立場で嬉しいと感じられるか?
もしもそうでなかったとしたら、改善の余地がありはしないか?


そういう事だったようです。

私が感じていたことは、師僧から同じような言葉があって裏書きされました。
時々「そうだ、いま思ってる通りのことが答えだ」というような事を言われますが、またしても…という感じです。





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by masumi-inari | 2017-02-18 21:00 | 弟子が荼枳尼天を背負ってやってきた
信じて期待しているんだ

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行者としてご神仏さまから信頼して頂けるというのは、大変ありがたい事です。
道具として認められるという事は、稀有な事だと思っています。

実際、直接仏さまから「信じている」と言われて「ハイわかりました!」と明るく元気よくお返事出来れば、どんなに良い事でしょう。

が、そんな段階にはもちろんありませんので、日々試行錯誤です。

師僧はいつも『自分を信じて祀ってくれる人間を見捨てるほど、ダキニさんは非情な方ではない』と言います。
『お前が食えなくなったら、供物が上がらなくなるからご眷属さまだって殺しはしない』
『だから、夢ゆめダキニさんを疑うなよ。信じて信じて信じ抜け』と。

はい。確かにそうです。
これはよくわかります。

稲荷神は保食神。
うちは病気療養中の母と介護の私の二人暮らしですが、親類縁者、友人知人、職場の同僚上司はもとより、ご近所のみなさまから、いつも食べるものを頂いています。
私の方も、友人、ご信徒さま、お弟子さん仲間などから、度々頂き物をしています。
本当にありがたい事です。

私も頂いた材料で料理を作ってお返しさせて頂いたり、返礼に何か差し上げたりすることで、人とのつながりのありがたさを感じています。

私に直で来るものは、全て祭壇にお供物として上がります。
その時には必ず「◎◎さまから頂戴したお供物です。今日一日◎◎さまをお守りください」と申し上げています。
私はまだ人様の祈祷を許されてるわけではありませんので、そのようにお話させて頂いているところです。

本当はお一人お一人に礼状を出さねばならないところ、メールやラインにて失礼致しております。
私の命を繋いでくださる全ての方に感謝致します。

食べ物ということだけではなく、稲荷さまのご縁日には注文が多かったり、思わぬ方とのご縁が繋がったりという事も多々あります。
これも御蔭だと思って感謝しています。

日々、黙々と淡々と過ごしていますが、何かあったからご利益で、何もなかったから霊験がない。というものではありません。
何事もなく平穏無事に一日が終わること。
それ自体が本当にありがたいことなのです。

昨年暮れに大雨洪水警報が出て、避難勧告命令が私の住む地域にも出されました。
しかし癌の術後の母は、避難所のようなところで冷えたり、ウィルスに感染すると命取りになりかねません。
ですから、避難用品や靴を枕元に置いて二階で休みました。
不安もありましたが、警報が解除されて朝を迎えられた時には本当にほっとしました。

私が護られていると実感するのは、このような出来事からです。

しかし、師僧は言うのです。
『稲荷さんは、お前が稲荷信仰を広めてくれることを信じて期待しているんだ』

ふぅむ。
まだ、ほとんど全くそんな兆しが見えないのですが…。
私は自分のことで精いっぱいで、あたりを見回す余裕すらありません。

けれど、期待している。という言葉はプレッシャーでもありますが、ありがたいことに変わりはありません。

昨年までの私は、「本当に稲荷社を再興できるのか」と半信半疑で観察されていた段階でした。
そこから見ると、少しは前進しているのでしょうか。

あてもなく先の見通しも全くつかないまま、愚直に生きるのみです。




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by masumi-inari | 2017-02-17 21:00 | 弟子が荼枳尼天を背負ってやってきた
在家と秘仏

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赤不動明王院では、聖天尊、宇賀神尊、双身毘沙門天尊などの秘仏をお授け致しております。
一般にこれらの秘仏は、在家の人間がお迎えして祀るものではない、とか、他人に見せてはいけない、とか言われております。

が、赤不動明王院と眞澄のホームページ、フェイスブック、Instagram、ブログ等では公開していますし、ご信徒さまや弟子もお迎えして朝な夕なに手を合わせています。

大阿闍梨である師僧の教えを守ってお祀りしている限り、被った等の話は聞きません。
むしろ、皆さんそれぞれにおかげを頂いていらっしゃいます。

確かに赤不動明王院がやっていることは挑戦かもしれませんが、喜んで信仰されている人が増えている事実こそが答えではないかと私は思います。

さて、私も秘仏を何体もお迎えしています。
在家で難しいのは、「授かった人間以外に見せてはならない」という約束が、どれだけ守られるかという事でしょう。

我が家を含め、特に子供がいる家庭は難しいです。
お勤めの最中にいきなり部屋に入ってくる、仏さまを指さす(;'∀')、お供え物を取って勝手に食べようとする。
仏さまの部屋でおもらしをする、飛んだり跳ねたりして燭台の火が危険…。

色んな事が日常茶飯事です。

うちは保育園児の姪たちしょっちゅうやって来ます。
下の姪はなぜか聖天さまが好きなようで、私が聖天さまを拝んでいるときにタイミングよく部屋に入ってきます。

「これ、だれ?」と指さし、私の隣に正座。
沢山いらっしゃる仏さまの中で、彼女の目には「どーたん」(2歳の時、聖天さまをこう呼びました)が、一番親しみやすい外見だったのでしょう。

私の方をチラチラ見て、余剰分の長い数珠を手にかけて合掌。
独鈷を持ってお勤めを一緒にしています。

ふと気になって隣を見ると…。
見よう見まねで数珠をかけているので、あやとりの川みたいなものが出来ています。
小さな手には重たすぎる独鈷ですが、本人はいたって大真面目です。

師僧にこの話をすると、「仏さまは小さな子供が大好きだから、心配することはない」という返事でした。

というわけで、姪たちは物心つく前後から、秘仏の部屋で遊んだり眠ったりしています。
が、大人が入る前にはしっかり厨子を隠します。
私の部屋には押し入れがないので、収納できる場所が限られていますが、秘密は最大限守られるように努力しているところです。

仏さまの立場からすれば、人間がお願いしたから降臨したのに、呼ばれてやってきて嘲笑されれば面白くないのは道理です。
ましてや天部の仏さまとなれば…推して知るべしですね。

ちなみにダキニ天さまは秘仏ではありません。
その証拠に、御前立ちの木像のダキニさまの写真は、ブログでもホームページでも公開しています。
ただし、銀天の方は年に一度の特別公開時にしか開帳しません。

その意味では秘仏です。
自らお厨子の扉は開きませんが、時々に閉めたはずの扉が開いています。
そのようなときは、何かを教えて下さっていることが多いといいます。

閉めた扉が開いているという報告は、赤不動明王院から仏さまをお迎えされた方たちから、度々頂く報告のひとつです。
開眼供養されている仏像をお迎えされると、よくあることだそうです。
これは香合仏ではわからない事ですよね。

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by masumi-inari | 2017-02-16 21:00 | 弟子が荼枳尼天を背負ってやってきた
この電話は現在、都合により…

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先日、このコンテンツを継続して書きながら、ふと思い出したことがあります。
それはまだ私がダキニ天さまとの約束を果たす前のことです。

他の人との通話(ほとんどしませんが)の時には問題なく会話が出来ていたのにも関わらず、なぜか師僧との電話の時は音声が途切れたり回線が切れたりという事が、一年間を通じて頻繁にありました。

師『何言ってるかさっぱり聴こえん。切るぞ(# ゚Д゚)』
ガチャ
ツーツーツー

という事が何十回もあり、私もイライラしたり嫌な気持ちになったりすることの繰り返しでした。

私が田舎に住んでいるので、電波状況が悪いのかもしれません。
あるいは無料の通話回線を使っているのが原因かもしれません。

でも、もしかしたら?ううむ。

霊視相談のご依頼人さまとの間では、こんなことも。
霊的な問題でご相談の方が、お困りの場所を撮影された画像をメールに添付で送ってこられることが度々あります。
何を撮影されているのかは、プライバシーに関わることなのでもちろん言えません。

私はPCでその画像を確かに受け取り、先生のスマホへ転送します。
しかしその転送がうまくいかないのです。

その場合、以前は私が一度画像をダウンロードして、プリンターで印刷してから先生へ郵送していました。
今はラインで転送するようにしています。

こういうトラブルが起きるときは、霊的妨害の場合もあると教わりました。
であるとすれば、去年、一昨年の電話の不調も妨害だったのかも。

パソコンが起動しなくなったり、インターネットの接続が切れて繋がらなくなったりという事は今でもたまにあります。

私も一日中ずっとパソコンに張り付いている訳ではないのですが、いざ故障で使えないとなると一日中それが気になってソワソワしてしまい、修理の方が来て直して下さるまで落ち着かない気持ちで過ごします。

パソコンがネットに繋がるだけで、非常にありがたいし精神衛生的に助かります。
これは私だけというより、個人事業主の方にとっては共通することではないかと思います。

ちなみに、ダキニ天さまをお迎えしてからは、通話の調子が悪いことは格段に減りました。
ありがたいことです。


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by masumi-inari | 2017-02-15 21:00 | 弟子が荼枳尼天を背負ってやってきた
もしかしてぬか喜び!?

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年末、お歳暮と師僧の誕生祝いに贈物をしました。
お供えにして頂けるよう、ご本尊さまやご眷属さまに喜んで頂けるものを…という目線で選びます。

祈祷寺のお供えで欠かせないのはお酒です。
お酒であれば何でもよいというわけではありません。

大吟醸酒。

これに限ります。

それ以外のお酒は召し上がらないと聞いて以降、私はお酒を寄進する時は「大吟醸」と決めています。
大吟醸酒は、宇賀神さまの浴酒にも使われる必需品です。

また最高級の胡麻油を寄進することもあります。
こちらは聖天さまの浴油に使われる必需品です。

浴油も浴酒も、行者は一度供養を始めたら一生涯やめることは出来ません。
信徒さまや弟子からの依頼があろうとなかろうと、いくら生活に困っていようが一切関係ありません。

そういう世界の住人なのです。

ですから、自分が行者目線で見てありがたいなと思うお供えを。が、ブレることのない選択基準です。
酒も油もなかなかいい値段がしますからね(笑)

しかし、年末はご供養も終わった後でしたので違うものを選びました。

お菓子も良いのですが、お寺というところは何かと甘いものが集まります。
当然、全て自分のところで消費していたら病気になりますから、方々へお分けしますがそれにもやはり限界というものが…。

私を含め、僧侶の肥満はお供え太りではないかと💦

そこで私は、年末年始の特別祈祷が始まる前に、体調を整えて頂くために「しじみ」の真空パックを。
そして祈祷期間中、気ぜわしくて支度や食事にゆっくり時間をかけていられないだろうと思い、吸い物のセットを。
それぞれ送りました。

喜んで頂けて良かったです。

しかし、そのあと師僧との会話でちょっと冷汗をかきました。

お供えは全て祭壇にあげられますが、それをご本尊さまやご眷属さまが召し上がられるのです。
ご眷属さまのご家族も甘いものがお好きだという事で、餅や最中の類は両手に持ってお喜びなのだそうです。

『お前からもらった最中、ご眷属さまの子どもさんたちが喜んでたぞ』

え…。
それ、もしかして中に餡子が入ってると思われたのでしょうか。

『先生、実はそれ最中の中は吸い物が入ってます。お椀のなかに入れて上から熱湯を注ぐと汁になります。
忙しいときに、すぐ食事が出来るようにと思って送らせて頂きました。甘いものではなくて申し訳ありません』


後半の申し訳ありません…は先生へというより、ご眷属さま及びご眷属さまのご家族さまへ向けた謝罪となりました。

甘いものが詰まってると思われて、思い切り頬張ってみたものの…。
中からフリーズドライのわかめやら吸い物のパウダーやらが出てきて、口の水分を悉く奪い取っていたことは想像に難くありません。

げげっ。
「慈優、騙した。イジメる。ひどい。許さない」🔥

とか怒っていらっしゃいませんように…(祈)


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by masumi-inari | 2017-02-14 21:00 | 弟子が荼枳尼天を背負ってやってきた
展開図を思い描きながら現実を生きる

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昨年、白狐幣を切れという加行が与えられました。

特殊な御幣で、不器用な私は相当苦労しました。
当時を振り返ると「絶対に出来る気がしない」という不安と「もう二度とご免だ」という苛立ちと「誰にどんな需要があるんだろう」という疑問が、私の狭い心の中で好き勝手に絡み合っておりました。

…ネガティブな感情しかないことに愕然とします…

私の心に重く圧し掛かっていたのは、これまで何度もブログで書いた「虚空蔵菩薩求聞持聡明法(仮)年内に絶対100万回達成」のノルマ?でした。
常に背中から追われ、息苦しく、家族との会話も上の空。
これに加えての御幣。

寄る年波と目の悪さから、日の高い時間でないと御幣を切れないのです。
そして利き手の手首を痛めて使い物にならなくなっていたので(未だに痛い)、思うように刃物を扱えない苛立ちもありました。

何とか完成して、私の中では釈放されたような気がしていたのです。

ところが、です。
久しぶりに新しい課題に取り組んで、ふと以前とは違う自分に気付きました。

白狐幣が様々な曲線を描く特殊なものだったせいか、今回の御幣はとても取り組みやすかったのです。
自分の中で一気に難易度が下がりました。
平たく言うと、精神的な余裕が生まれました。

これまでは必死に前だけ見ていたのですが、全体を俯瞰して見ることが可能になりました。

御幣は一枚の紙を2回折り、4枚重ねになったところに刃を当てます。
(実際は紙を数枚重ねるので、もっと分厚くなることも多々ありますが)

折り畳んだ一辺の中に刻むのは、折った背中側を軸とした半分。
ですから、角を合わせて、全体の半分に集中することが非常に重要です。

半分の世界を正確に仕上げることで、広げたときに全体が完成します。
これは極めて数学的な世界です。

いわば、展開図を思い描きながら現実を、ひたすらにひたむきに刻むこと。
これが独立独歩で生きていくためには必要な力です。

小さな子供が遊びで折り紙に親しむのは、空間認識力を育てるのにとても大切なのだと気付きました。

また、左右対称の造形美というものにも改めて心を揺さぶられました。
小さな子供は、美男美女をすぐに見分けるそうです。
それはその人たちが柔和で優しく、自分に好意的だと分るからだけではなく、ひょっとしたら顔の造作が左右対称で整っているからなのでしょうか?

この段階に来て、初めて御幣切りを楽しいと感じ始めました。
そして、自主練と称して課題以外の御幣も色々と調べて切っています。

神道の御幣、修験道の御幣、密教の御幣、様々なものがあります。
その出典は明かせませんが、これだけ多種多様なものが完成し、実際に使われてきたという事に驚愕しました。

これからは、私も「需要が…」等と捻くれて生意気な事を言わず、時間を作っては手に入る資料で挑戦できるものには次々と取り組んでみることにしました。
珍しく前向きな記録です。

これもきっとたぶん、暮れに虚空蔵菩薩求聞持聡明法(仮)から釈放されたおかげです←まだ言うか!

本当はもっと沢山の御幣があったのにも関わらず、伝承者が途絶えて歴史の波に沈んで消えてしまったのでしょう。
まこと、伝統の継承とは難しいものです。
また多くの場合、継承することや維持、教育指導には時間やお金がかかるにも関わらず、そのもの自体がお金にならないので取り組むことが困難になるという、切実な事情もあります。

正直、生きていくうえで「お金を生まないことに、時間もお金もかけられない」のが現実です。
それにあえて真正面から四つに組んでいるのが、赤不動明王院であり、眞澄という訳です。

私も暮らしを立てていかねばなりませんから、祈りの雫や蓮華キャンドルといった授与品が、ひとつでも多く旅立っていくことを切望しております。


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by masumi-inari | 2017-02-13 21:00 | 弟子が荼枳尼天を背負ってやってきた
それは普賢菩薩さまである

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11月くらいから、本当に赤不動明王院の事務で多忙な日々が続きました。
ありがたい事です。

よって先生とも事務連絡を短く鋭くやり取りするだけで、会話が終了する…という状態でした。

年末年始の特別祈祷が終わり、ようやく話をすることが出来ました。
とはいえ、私は普段、信徒さまのご依頼の件以外では自分から電話をすることは滅多にありません。

自分が掛ける時間に、もしかしたらどなたかのご相談に乗っていらっしゃるかもしれない。
もしかしたら霊視されているかもしれない。
もしかしたらご祈祷されているかもしれない。

と思うと、その時間に割り込むことはどうしても出来ないからです。

よって、私からの連絡はほぼLINEです。
LINEは軽い感じがするようで、最初は気が引けました。
が、メールは大量に届くので訳が分からなくなるから、LINEにしてほしい。と言われたのです。

読まれたらすぐに「既読」になるので、最低限安心出来ます。
主に事務連絡についてですが…。

閑話休題。
ご祈祷の疲れを癒しておられるだろう頃を見計らい、昨年末のお勤め中に視えたものについて先生にLINEしました。

優 11月の終わり位のこと、虚空蔵菩薩さまの真言を唱えていた時に、白い象の鼻が見えました。
聖天さまではない。と思い、象にお乗りの仏さまを調べていましたが、ピンときませんでした。


師 普賢菩薩

優 私が見せて頂いたのは、普賢菩薩さまであらせられたのでしょうか。
女性守護、修行者守護、息災延命などのご利益のある仏さまですね。
ありがたい事です。


なんと、私が視たのは普賢菩薩さま(がお乗りになっている象)だったようです。

これまでダキニさまのつながりで、文殊菩薩さまは少し身近に感じていましたが、普賢菩薩さまとは意外でした。
しかし、これを機会に色々と調べてみることに。
こういうきっかけが大事なのだと思います。

普賢菩薩の十大誓願

一:諸仏を敬う
二:如来を称讃する
三:広く供養を修める
四:過ちを隠さず素直に悔いる
五:善事を為す者を助ける
六:転法輪を請う
七:仏がこの世にとどまることを願う
八:常に仏に従って学ぶ
九:常に衆生とともにある
十:功徳をことごとく衆生に回向する


11月、12月に起きる事象とは、来る年の雛形である。と何かで聞いたことがあります。
昨年11月に、普賢菩薩さまの象の鼻が見えたのは、この十大誓願に触れ、學び、拠り所として自分を磨きなさいというお示しである。と解釈しました。

決して「わーい、菩薩さま見ちゃったぜ。霊能力開花したんぢゃね?虚空蔵菩薩さまの行やってヨカッター」というものではありません。
なぜだかしんみりして、身を正したくなる出来事でした。

よってここに記録します。




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by masumi-inari | 2017-02-12 21:00 | 弟子が荼枳尼天を背負ってやってきた