2017年 10月 14日 ( 2 )

こちらは、香合仏が入る袋です。
金襴の布地を使い、ひとつひとつ作家さんに手作りして頂きました。
裏側に眞澄稲荷のタグが控えめについております。
厳選した布を少しずつ集めて作っている為、同じ柄からは2枚しか作れないという事です。


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香合仏をお迎えになった方から、このサイズがルームスプレーを入れるのにぴったりだ。と言われました。
そこで、袋だけ別にお譲り頂けませんか?という話になり、私の手持ちの袋を並べ「今でしたら、この中からお好きなものを選んで頂けますよ」とラインで送りました。

意外と渋い柄をご選択され、「ああ、こういう柄や色味も女性に受けるんだなぁ」とお勉強になりました。
毎日、新鮮な発見があります。

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眞澄稲荷の分け御霊さま(香合仏)です。
このお顔に一目惚れしました。というご連絡を頂くたびに、とても暖かい気持ちになります。

ありがとうございます。

信じる者のいるところ、天翔けてやってきてくださる美しい仏さまです。
手彫りなので、一体一体少しずつ表情が違います。

不思議なもので、お迎えになる方にとって一番ふさわしいお顔立ちのダキニさまが旅立たれます。

転職先で働くことになった…という方の元へは、キリリとしたお顔立ちのダキニさまが。
ご家庭を守る優しいお母さまの処へは、ふんわり優しいお顔立ちのダキニさまが。
新しく事業を立ち上げるという女性の処には、明るく聡明な眼差しのダキニさまが。

それぞれ向かわれています。

あなたはどんなダキニさま鳥居とご縁を結ばれますか?




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by masumi-inari | 2017-10-14 10:00 | 眞澄稲荷便り

犯罪は繰り返す

永作師僧より 勧進のお願い

院主より、勧進のお願いを致します。

このたび、赤不動明王院では、ご本尊さまである赤不動明王尊の尊剣、
並び護摩壇法具を謹製させて頂く運びとなりました。

不動尊剣は刃渡り80cm、全長1mを越える豪剣であります。

皆様の御厚意を賜われば幸いであります。
これはお願いであり、決して強制ではございません。

ご寄進くださったみなさま方へは、宝剣にて特別祈祷をさせて頂く所存でございます。

金剛山赤不動明王院 院主永作優三輝


↓詳しくはこちらの記事をご覧ください↓
【赤不動明王院】 勧進のお願い


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新たに判明した事実ですが、あの高速道路での死亡事件の犯人は、以前に同様な犯行を繰り返していたのである!
何故、警察は野放しにしたのか?

警察はいつでもそうである。
犯罪が起きるまで待って居る。

犯人をあの時に締め上げておけば、悲惨な結果は防げたのでは無いか。
そう考えるのは私だけだろうか?

私にも同じ様な経験がある。

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私は普段、軽自動車を愛用して居るが、車の形状だけで攻めて来る者を様々に経験して居る。
そして、私の風貌を知るなり、借りて来た猫に成る。
正に、虎の威を借る狐同様である。

弱い者には強く、強い者には媚びる情け無い者である!
今回の事件の犯人も、正に身体が大きいだけの木偶の坊である。

目付き、人相、全て姑息そのものである。
真面目に正しく生きた者には無いオーラがあると断言します。
今の日本には、こんなケダモノが増殖して居る事を認識すべきである!

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姑息な者は、行動そのものが卑しい。
相手が弱いと判断すれば襲いかかり、強いと思えば涙を流し懇願する。
情け無い輩である。

今回の犯人も同じで、此処に至るまで同様な事を三回も犯して居たのである。

何故こんな馬鹿者を野放しにしたのか?
私は怒りを覚える。

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私は、この馬鹿者に対しては祈る気持ちは無い。
教育の衰退は、時として悪魔を産み出す典型である。

南無大日大聖不動明王尊
金剛合掌
金剛山赤不動明王院 院主永作優三輝

二度あることは三度ある。という言葉の通り、この犯人は以前に何度も大惨事を招くような予兆となる事件を起こしていました。
これを見過ごした罪は、計り知れないほど大きいと感じます。

ハインリッヒの法則というものがあります。
これは、労働災害における経験則の一つであり、1つの重大事故の背後には29の軽微な事故があり、その背景には300の異常が存在するというものです。
また、幼児を狙った犯罪が起きる前には、小動物が惨殺された死体が発見される。という法則もあります。

大きな事件事故が起きる前には、必ずその予兆となる規模の小さな事件事故が起きるのです。
昔の人は「大難を小難にする」という言葉でもって、その予兆から確実に學び、対策を取ることを意識してきました。
現在の日本では、その學びが失われているように感じます。

私も交通事故で親を失いました。
事故死というのは、同時に2つの死を招いていることを、もっと皆が認識すべきであると私は考えます。
ひとつは文字通りの生命の終わりの「肉体の死」
そしてもうひとつは残されたものの「精神の死」

生命は助かったものの現場に居合わせた二人のお子さんたちは、まさに犯人によって魂を殺されたのです。
この傷は一生消えることはありません。

教育の荒廃によって、悪魔が増殖する。
恐ろしい現実だと再認識しました。

後藤慈優




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by masumi-inari | 2017-10-14 06:00 | 赤不動明王院便り