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密教1279 諸仏諸尊の折衷法

一般的には願いから入るのが通常であるが、それは間違いではない。
たとえば、貴方が知人に頼まれ事をされたら、何とかしてやりたいと思うであろう。
心を配り、奔走するであろう。

しかし、願主がその事を忘れて礼節も尽くせない者だった場合、貴方はどう考えますか?
答えはこれに尽きます。

願いはしても、その後忘れてほったらかし。
これでは一分が立たないだけではなく、愚弄する事に他ならないのです。

成就不成就に関わらず、礼節を尽くすのは当たり前の事である。
願いは何故、成就に至らなかったか?
其れは時が満ちていなかったと心得て、精進する事が肝要である。
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出来た 出来なかったは結果であり、未来永劫に続く保証はない。
全ては、根気良く持続する信仰心である。
正に、永続する心が一番なのです。

否定的、消極的【ネガティブ】な気持ちを捨てて日課のように行う時、やがて明るい気持ちが定着して来るのである。
これが光明心である。

甘えず頼らず、常に御仏とある意識があなたを向上させるのである。
御仏は全てに平等、全てに光を当てているのである。
それを受け取るのは、私達の心掛け次第なのである。

南無大日大聖不動明王尊
蓮華合掌
金剛山赤不動明王院 院主 永作優三輝

時々、〇〇様にお願いをしたけど叶わなかったから、今度は〇〇様をお迎えしたいと思います。
と仰る方に出逢います。

また、一生の大事な願い事を◎◎様にしたけれど、別の仏様にもお願いしていいでしょうか。
と質問される方もいらっしゃいます。

いいかどうかは、ご自身がよくよくお考えになる事が大事です。
また、仏さまの立場になって考えてみると、答えが出てくるように思います。

もしあなたが誰かから「こんな事をお願いできるのはあなたしかいない。どうか助けて下さい」と必死に頼まれたら、何とかしてあげたいと思うでしょう。
しかしその裏で、他の人に対しても「あなたしか信頼できる人はいないから、あなたにお願いしたい」と言っていたら?
頼まれた事を真剣にやってあげる意味があるのだろうか?と気分を害されるのではないでしょうか。
この行為を翻訳すると「あなただけじゃ頼りなくて信頼できないから、他の人にもお願いしといたわ」になります。
相当な侮辱です。

もしもその人が、数学が得意なあなたに数学の家庭教師を依頼し、裁縫の得意な人に洋服のリメイクをお願いするのであれば、「適材適所」で腹も立ちません。
角も立ちません。

また、苦しい時の神頼み。という言葉があります。
これは自分で出来る努力は一切せず、安穏としていながら願い事を神さまに丸投げしてしまう行為と解釈されます。
しかし、ご神仏様が助けてやろう。と思うような自分になっていなければ、お力添えを頂けないのではないでしょうか。
それが日々の信仰であり、謙虚に生き、周りの人に親切にするなどの善行を積み重ねることだと思います。

助けてやりたい自分。になる為の努力は決して怠らない事が肝要であると考えます。

今日もありがとうございます

慈優





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by masumi-inari | 2019-11-08 06:00 | ◎赤不動明王院便り | Trackback

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