密教904 惜しい

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私は僧侶。
様々な御供養もさせて頂きました。
その中で、惜しい、勿体ないと思うのが自殺に依る死である。
その人には死にたいと思う気持ちが強かったのでしょうが、私には視えて来るものが沢山あります。
その時は死にたいほど苦しいでしょうが、耐え抜いた後にはしあわせが待って居たのである。

やがて帰幽した時に真実を知る事になるのです。
そして、後悔と云う苦しみをも背負うのであります。
どんなに苦しくとも生き抜く時、魂は成長して逞しくなります。

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その真実を教えてくれるのが心靈學である故、浅野和三郎先生が残して下さった。
心靈學は、真に學びを求める者への聖書となるであろう。

霊感、霊能が有っても、學びを深めなければ私感が入り乱れ、正しい鑑定が難しくなる場合があります。
しかし、心靈學を熟知して居れば、迷うことはない。
より的確な判断に繋がるのである。

私が存じ上げて居る本物の方々は、心靈學を熟知しておられる方ばかりである。
この様に素晴らしい學問であるにも関わらず、日本で余り知られて居ない事は残念である。

南無大日大聖不動明王尊
蓮華合掌
金剛山赤不動明王院 院主永作優三輝

あと少し頑張れば…。
あと少し我慢すれば…。
あと少し辛抱出来ていたのなら…。
という後悔。

もしもあの時もっと話を聞いてあげていたら…。
もしもあの時怒鳴ったりしなければ…。
もしもあの時誤解していなければ…。
という後悔。

人間とは未熟で愚かであり弱い生き物です。
あと少し、や、もっと…、という忍耐や寛容に欠けていた為に取り返しのつかない事態をしばしば招いてしまいます。

身近な人、親しい人、弱い立場の人、目下の人間などに対して、人は傲慢になりがちです。
これくらい許されるだろう。という想い込み。
何故自分を怒らせるのか。
何故自分の気持ちを汲み取って、自分の機嫌を良くするように行動しないんだ。
というお客様意識。

そんなものが少しずつ積み重なると、普段なら笑い飛ばしたり、上手に避けていけることが圧となってのしかかります。
その苦しさが、不眠や様々な体調不良、気分障害などの形で表面化し、自ら死を選ぶ人は少なくありません。
実際にその手段を講じることはなくても、心の中ですでに死んでいる状態の人も多いように感じます。

そんな時、体を卒業した後の魂の世界を知ることは、自分の視野を広げる助けとなります。
命を絶つことだけが自己解放の道だと思い込む前に、その逃げ道の世界(死後)とはどのようなところなのか、一度調べてみることをお勧め致します。

自死を選んだ場合、死ぬよりも辛い世界がそこにはあります。

今日もありがとうございます

慈優





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by masumi-inari | 2018-10-21 06:00 | ◎赤不動明王院便り