折れない心

例えば、竹林。風雨、風雪、嵐にさらされながらも、立つことを止めぬ強さは、どこにあるのか?
《竹の強さ》
竹は背が高いわりには太さは細い植物です。弱そうに見えるかもしれませんが、実はとても強いのです。 地震の時など、竹のたくさん生えている中に逃げこむと安全と言われています。竹は中々折れたりしないからです。

①竹は、重い雪がたくさん積もってもびくともしません。折れないで、 やわらかく曲がります。そして、雪が無くなったら「バネ」のように、また元のように戻ろうとします。竹がもしも「曲がらない堅い強さ」だけだったら、折れてしまうでしょう。このような「やわらかさ」や「バネのような力」は「しなやかな強さ」です。

②「竹」はなぜ強いのかというと、「竹」にはたくさんの「節」があり、竹の幹をしっかり支えているからです。

③竹は、根(地下茎)が地面の中でつながっています。だから、強い風が吹いてもびくともしません。

柔らかくバネのような力は、重圧を受けてもそれを受け止めスルリと元に戻る「心の柔軟な強さ」、たくさんの「節」は人間でいえば「様々な試練・困難な体験」であり、その体験が人間を支える「糧」となり、根が繋がっていて支えあっているといのは、人間が「社会というグループを作り、分業で助け合いしながら生きている」事を表しています。竹林は人間が強く生きる見本でもあります

木は、数千年も立ち続け巨木と成るのは、何故か。
立派な教えは、数千年も語り継がれるのは、何故か。
全てに共通するのは、根と考えます。
固い土を押し分け、ゆっくり根を張り大地に根付き生き続ける植物を観るにつけ、考えます。
人間にとっての根とは、何か?
私達、人間は、植物と違い様々なところを歩き、様々な問題を経験し、ある時は、悲しみの淵を歩き、またある時は、出逢いに歓喜する。
そして、様々な経験を積み重ね、やがて現界の學びを終え帰幽する時、どれだけ込めて生きたかを、自身に問い、ようやく解るのです。
《赤ちゃんは親を選んで生まれてくる》
霊的真理では「輪廻転生」の中で、過去世で積み残した宿題や、課題を背負い「自ら親を選んで」生まれてくる。とも言われています。死が終わりではなく、あくまで「現世は学びの場」であることを自覚して、より厳しい境遇、学びの場と捉え生まれてきた「代表選手」とも言われています。
学びである現世の「宿命」は生まれる前から決められていますが「運命」は変えられます。
六道輪廻の輪の中で負荷をかけて生まれてきて「修羅・餓鬼・畜生・地獄」に堕ちずに生を全うする。「霊的成長を遂げるために霊的真理を学ぶ」。だからこそ「勇気ある魂」なのです。

貧富の差や、地位の差では、計れない事を知るのである。
人間に必要なのは、経験を感動に転化する、しなやかな心が必要である事に氣づくのです。
南無大日大聖不動明王尊
蓮華合掌

金剛山赤不動明王院 院主永作優三輝


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# by masumi-inari | 2017-05-01 06:00 | 赤不動明王院便り
ご常連さまが、ご自身の誕生プレゼントとしてオーダーブレンドとチャーム香水瓶をご注文下さいました。
ありがとうございます。

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いつも海外から、高い送料をご負担いただいてのご注文、誠に感謝致しておりますm(__)m
とても嬉しいです。

今回は、私が一目惚れして作家さんに卸して頂いた香水瓶に、精油ブレンド入れたお写真も頂きました。
メモリーオイルと違ってほとんど琥珀色か無色透明の精油ですが、それなりに雰囲気のある色が透けて見えることがわかりました。
こうしてお写真を頂くと、イメージが湧きますね。

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ありがとうございます。
それでは、ありがたくご感想を掲載させて頂きます。


<オーダーブレンドと香水瓶>
登場した時から、 いつかお願いしたいと思っていたオーダーブレンド。
マイ誕生日プレゼントとしてオーダーしました。
一緒に香りを嗅いだ娘が「レモンのど飴!」と。
の、、のど飴!?
スッキリしてると言いたかったんでしょうか?笑
ご仏徳シリーズのオイルもそうでしたが、
慈優さんのブレンドは、市販の香水と違って、使う人に「 寄り添ってくれる」気がします。

今回は、私が自分でお願いした願意のブレンド。
まるでもう1人の自分が、味方として一緒にいてくれるようです。
とても心強く、励まされます。


<香水瓶>
オーダーブレンドを、 チャーム香水瓶に入れてネックレスにしました!
香水瓶だけでも可愛くて素敵ですが、ブレンドを入れるとオイルが透けて、 また違った雰囲気になります。

紺のレースブラウスと香水瓶ネックレスを合わせるのがお気に入り です。
ボトムをタイトスカートでエレガントにジーンズで大人カジュアルに白いワイドパンツできれい目に。色々大活躍しています。

香水瓶が大人っぽい可愛さなので、40代の私でも大丈夫ですし、存在感があるのでアクセサリーはこれ一つで充分です。
作家さまのセンスの良さを感じます。
購入してよかったです。





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# by masumi-inari | 2017-04-30 10:00 | お客様からの手紙

笑顔の力

人間が持てる最高の力は、笑顔である。
笑顔には、全ての人をしあわせにする力が秘められて居ます。

母の笑顔は、子供達に安らぎを与え、父の笑顔は、家族に安心と力を与えます。
笑顔が一家の光明であり、国民の笑顔が国に繁栄をもたらします。
しかし、作り笑いは、猜疑心を招き、

迎合の笑いは、国を滅ぼし、独裁を助長します。

全ての人が、笑顔を絶やさず生きられる環境こそ天国なのです。
人は、苦しむ為に生まれたのでは無い、真実の笑顔を知る為に生まれたと私は想います。
例えば、病気の方が、笑顔になる時、其処には、自然治癒力が生まれる様に、笑顔には、まだまだ神秘な力が隠れて居ます。

《アニマルセラピー 笑顔が自然治癒力を高める効果》
皆さんは、動物と触れ合う事で、心が落ち着いたりストレスが軽減したりなどの癒し体験や、不思議と元気が出てきたり、自信がついた気分になられた事でしょう。
ペットを飼っている人は飼っていない人より、年間20%前後病院に行く回数が減ったと言うデータがあります。心臓疾患の患者さんに対する調査では、ペットを飼っている人は1年後に53人中3人死亡、飼っていない人は1年後に39人中11人死亡と言う、死亡率に大きな差が生じています。
一方、施設で長期に渡り生活をされている高齢者や障がいをお持ちの方は、犬などと触れ合う事により会話や笑顔が増え、表情の変化などの改善も見られるなど、ペットによる効果が高く評価されているのです。

(引用:「NPO法人日本アニマルセラピー協会」より)

笑顔、無くして、しあわせ無し。笑顔には、万人を救う力があるのです。


「和顔愛語(わげんあいご)にして、意(こころ)を先にして承問(じょうもん)す」 『仏説無量寿経』》
相手の心の内を真に思いやるからこそ、その想いを満たそうと笑顔と優しい言葉で接すること
仏教の説く「無財の七施」
「眼施(げんせ)」・・・・・・・・・優しいまなざしを向ける
「和顔悦色施(わげんえつじきせ)」・和やかな表情で接する
「言辞施(げんじせ)」・・・・・・・柔らかな言葉を使う
「身施」・・・・・・・・・・・・・・身体で何かをしてあげる
「心施」・・・・・・・・・・・・・・優しい心を振り向ける
「床座施(しょうざせ)」・・・・・・自分の席を人に譲る
「房舎施(ぼうしゃせ)」・・・・・・宿を与える

「無財の七施」とは、相手を思いやり、幸せを願う心です。それを実践するための行でもありますが、形から入っても徐々に心が伴います。無財の七施とはそう言う自分の心を養い、相手にも笑顔を与える平和な関係です。

今、様々な事で悩み苦しむ時、鏡に自身の顔を写して下さい。
其処にあるのは、本来のあなたでは、ありません、笑顔の似合わ無い人など存在しません。


笑顔の中にこそ、森羅万象をも動かす力が秘められて居るのです。
真にしあわせを望むのであれば、自身が笑顔で無ければ、しあわせは、遠去かり、代わりに不幸の芽を植える事に繋がり、苦しみを増大させます。

《「夜と霧」フランクル著》
ナチスドイツによるホロコーストでの大虐殺を奇跡的に生き抜いた「精神科医」がみた、「生きるとは?」の意味を説いたホロコーストでの体験を交えた本。
『希望を持つ=絶望しない事』が生き残った人の共通事項
・過酷な環境の中で、心の支え、生きる目的を持つことが、生き残る唯一の道
信仰や芸術、すなわち、過酷な現実とは別の世界等を持つことが大きな支え
・与えられた運命自体に対してどういう態度をとるかは、誰にも奪えない、人間の最後の自由である
どんな極限状態であってもユーモアを忘れてはならない
自分を待っている仕事や愛する人間にたいする責任を自覚した人間は、生きることから降りられない
・創造価値…情熱を傾ける。仕事の大小ではない=人の喜びを造って行くプロセスに意味を見い出す。
・体験価値…心震わす体験。「あなたが経験したことは、この世のどんな力も奪えない」
・態度価値…人生にどう向き合うか?人はあと少しの命であるとしても、どのような態度をとるかによって、人生を変えることが出来る。
生きる意味は自ら発見するものであり、苦しみは真実への案内役
・苦悩とそして死があってこそ、人間という存在ははじめて完成する
→ユーモアを保てる心=笑い=笑顔です。
どんな過酷な環境にあっても笑い、ユーモアの心を持ち続けた方は生き残りました。
幸せは「笑顔」が導く案内役だと思います。
あなたが笑顔を取り戻す時、あなたを取り巻く環境も変化するのである。

南無大日大聖不動明王尊
蓮華合掌

金剛山赤不動明王院 院主永作優三輝


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# by masumi-inari | 2017-04-30 06:00 | 赤不動明王院便り
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前回ご好評頂いていた、爽快ブレンド。
復活しました。

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今月の新作だった、心の窓拭きブレンド。

2本一緒にお迎えくださったお客様よりご感想を頂きました。
どちらもハーブ系ですが、一方はスッキリ。
もう一方は少し懐かしく安心する仄かな甘みが特徴です。

違いに気付いて頂けて光栄です。
ありがとうございます。

ちなみに、心の窓拭きブレンドを調合しているとき、花粉症がひどいうちの母が「なんだかとっても楽だわ。これ何の香り?」と興味津々でした。

それでは、お許しを頂いてご感想を掲載させて頂きますね。


先日注文させていただきました爽快ブレンドと心の窓拭きブレンドが無事手元に届きました。

封筒を開けた瞬間から清々しい香りが!!
思わず「わぁ~♡」と声が出てしまいました(笑)

まず爽快ブレンドに再会できて、本当に嬉しい♪
そして初対面の心の窓拭きブレンド… 
清々しさの中に ほぅ・・・っとリラックスできる感じがあって、これまた素敵☆


この2本、どちらもすっきり爽やかですが、心の窓拭きブレンドは 目の前の霧がさーっと晴れていく、それまでの間ずっと優しく寄り添って下さるような感じ。
爽快ブレンドの方は いきいきと力強く背中を押して下さる感じが致しました。

比較してみることで それぞれの違い=個性=良さが感じられて、2種類注文してみるのもいいものだなぁ〜と思いました。

これからも真澄の香りをどうぞお楽しみくださいね。
長く、素敵なお付き合いが出来ますことを心から願っております。


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# by masumi-inari | 2017-04-29 10:00 | お客様からの手紙

戦争

戦争をおこすのは、人間だけである。
何故、人間は、戦争をするのか?何故、戦争を好むのか?
《「欲により戦争は引き起こされる」マキャベリの名言「君主論」より》
「なぜ、人々の心に自由(注:物質的な)に生きることへの強い愛着が生まれてくるのか、という問いへの答えは簡単である。歴史上、自由(注:物質的な)を持つ国だけが、領土を拡張し経済的にも豊かになったからである。」
謙譲の美徳をもってすれば相手の尊大さに勝てると信ずる者は、誤りを犯すはめにおちいる
→「精神的価値観」「相手への思い」は全く重んじられず、「物質的価値観(損得勘定・欲望)」が人を動かす=戦争へと駆り立てる原動力です。
イラクのクェート侵略による湾岸戦争は、大油田と紅海への港確保のために行った「物質的な欲望」が引き起こした戦争。

《追い詰めれば、戦争に訴える》
世界の歴史を見れば、「不当な要求をされた時」に指導者は国民感情を煽り戦争に打って出る。
・日本の太平洋戦争は、原油の9割を輸入していた米国の輸出制限と不当要求により軍部が暴発
(真珠湾攻撃と聖断)
・ヒトラーが「民主的な選挙」を経てドイツ第三帝国を目指したのも、第一次大戦でイギリス・フランスにベルサイユ条約でドイツの軍備を制限し、領土を狭め、たくさんのドイツ人居住地域をポーランドその他の国に与えたこと、多額の賠償金を支払わせたこと等。
・「自国民(民族)保護」と言う名目のため・・・ロシアによるウクライナ領クリミア半島を併合=黒海へのルートの確保が目的
→国際政治上、「他国の欲望」により貶められ「自分の国(指導者・体制・国体)」を守るため。という大義名分から始まり、必ず軍部が暴走して破滅する。
危険にさらされた国と欲望を持つ国は、軍備を増強する。国民生活を犠牲にしても最優先で軍備増強が図られる。
マキャベリ「君主論」の名言
「武装した預言者(君主)は勝利し、武器なき預言者(君主)は破滅する。」
動物は、争いもするが殺し合いはし無い。
では、人間は、動物以下なのか?そして戦争は、立場の弱い者が犠牲に成るのも、周知の事実である。
(広島に投下された原子力爆弾)
戦争が好きな指導者同士が、リングの上で好きなだけ闘えば良いのである。
そうすれば、兵士も軍備も必要無いのである。
愚かな事である、人間がおこす戦争は、悲劇と悲惨さしかもたらさ無い愚行である!
食料が必要ならば、分かち合い、愛が必要ならば、分かり合えば良いだけである。
民族主義に固執するのであれば、自給自足に徹すれば良いだけの事である。
宗教闘争も同じである。過去に宗教戦争もあったが、信じたく無ければ、無視するだけで良いのである。
揶揄する必要も無いし、他に勧める必要も無い。信じたければ信じ、嫌なら辞める自由がある。
全ての争いの根幹は、押し付けにあると考えます。
《「欲望」という化け物 仏教の苦しみ「四苦八苦」》
そして「貪瞋痴」と言う人間の欲が生み出す「苦しみ」。
《「貪瞋痴」の三毒》
仏教では、貪瞋痴が「迷い苦しむ原因」として、三毒とされています。
欲しいと言う「欲(名誉、お金、物、人等)=貪欲』が妨げられると、人間は欲求不満になり「怒り(瞋り)」を引き起こします。そしてその怒りは自己中心の塊になり、「痴」を生み出します。
→怒りの感情は放念し忘却することが大切です。
「貪瞋痴の三毒」に陥った者が引き起こす出来事。
《「反故集」(曹洞宗の鈴木正三の生前の言動を弟子が記したもの)》
貪瞋痴の三毒に対して痛烈な言葉を残しています。
貪欲・・・むさぼりの強い者は必ず餓鬼道に落ちる。死んでから落ちるのではない。生きながら落ちるのである。その欲心の為わが心を苦しめるのである。それが餓鬼道に他ならぬ。
瞋り・・・怒りの心は地獄に入る。怒りから発した心で正しい道にかなうものは何一つもない。この人は常に相手を憎悪し、本性が暗い為、人の恩を忘れ、仏神を敬う謙虚さもなく、いかなる人にも憐れみとか慈悲の心を忘れ、少しの事でも大きな怨みを抱き他人を殺しても心飽き足らず、自分の身も心も焼き尽くし、自ら限りなく苦しむ。
・・・・愚痴なる人は畜生道におちる。おろかな人というのは物の道理が分からぬために、ただ自分の事だけを考え生きている。あらゆる事について自分は良く、他人は悪いと思ってしまう。自分に対する反省は寸分も無く、全てを他人の悪、責任と決めつけ、自分は他より勝れていると錯覚し、人を見下し、心に猛火を燃やし、自分で自分の心を苦しめる。

《仏教は「実践業」。理性を磨く為に》
人間は理性と言う剣を持っている。
理性と知性があれば、この広大なジャングルで獲物に成り下がる事は、無い。
依存、不思議趣味、怠惰、棚から牡丹餅を望む者には、無い武器を有して居るのである。
武器と言っても刃物では無い。理性の盾、知性の剣である
瞑想により自分をみつめ俯瞰して、十善戒を守り八正道を歩む事により理性は磨かれ智慧も磨かれていきます。仏教は「実践業」です。その為に「学び」も必要であります。
「貪瞋痴の心」は、人間の諸悪・苦しみの根源とされ、そこから「十悪」が展開される。
■身による悪
 殺生 生きものの生命を奪う。
 偸盗 与えられていない他人の財物を取る=盗み。
 邪婬 よこしまな男女の交わり。
■口による悪
 妄語 嘘をつく。でたらめを言う。 
 綺語 無意味、無益なことを言う。
 悪口 他人を傷つける言葉。陰口、中傷。
 両舌 他人の仲を裂く言葉。
■意(心)による悪
 慳貪 財物などをむさぼり求める。異常な欲。
 瞋恚 いかり憎む。
 邪見 誤った見解。他人との比較
→仏道に歩む在家信者さんも「十善戒」と言って、これら「十悪をなさない事」を勤行の時にお祈りしています。
北朝鮮の実状は、国民は、飢えに苦しみ、一部の階層が自らの生活を守る為だけに、未熟な者を祭り上げ迎合を繰り返して居るに過ぎません。
争いを好む時、破滅と云う魔物が口を開け歓喜して居る事を知る時では、無いでしょうか。
南無大日大聖不動明王尊
金剛合掌

金剛山赤不動明王院 院主永作優三輝


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# by masumi-inari | 2017-04-29 06:00 | 赤不動明王院便り

障害は個性

《障害は「因果」とは無関係・・・新約聖書「ヨハネによる福音書」9章》
(画像:映画「Son Of GOD」より)
『イエスが道をとおっておられるとき、生れつきの盲人を見られた。 弟子たちはイエスに尋ねて言った、「先生、この人が生れつき盲人なのは、だれが罪を犯したためですか本人ですか、それともその両親ですか」。
イエスは答えられた、本人が罪を犯したのでもなく、また、その両親が犯したのでもない。ただ神のみわざが、彼の上に現れるためである。』
「親の因果が子に報い」や「先祖の因果で障害を負った」という言葉が日本ではよく使われます。ですが、因果の法則とは「自分自身で因を作って招き起こした結果」です。親や先祖の因果で「子供や子孫が障害を負う」と言う考えは原則ありません。
この「因果」と言う言葉で「障害やハンセン病を患った人々や家族」がどれだけ苦しんでいるか想像してください。
因果が子孫に影響するのであれば、仏教徒を大虐殺して比叡山を焼き討ちした織田信長の子孫である、プロフィギュアスケーターの織田信成さんの笑顔を見てください。ご自身の弛まない努力と精進で道を切り開いた見本です。

例えば、ダウン症の少女が書家と成り、素晴らしい作品を生み出し私達に感動を与えてくれます。
(ダウン症書家の金澤翔子さんの作品 「涙の般若心経」1995年 4面各137×35cm)
水泳に至っては、迫力ある泳ぎで感動を与えてくれる少女がオリンピック《パラリンピック》に向けて素晴らしい泳ぎで私達を魅了してくれます。
(パラリンピック水泳・一ノ瀬メイ選手)
様々な世界で活躍する個性派を、皆が応援、交流し優しい心で生きる時、其処には、平和の二文字が生まれます。
本当の意味での個性は、ワガママや怠惰、傲慢の中からは、生まれません。
《「個性」とは光り輝くもの》
個性とは、自分を「悲劇のヒロイン」にせず、自分の障害を理解してそれを「受け入れ」自分自身で「恥じない生き方」をして、自分自身が「自立自律」できるように努力を日々行っている人です。その姿は光り輝きを放ち、周りの人は「障害も個性」と認めるように輝いている人です。

私達が個性を理解して応援と協力をしなければ、せっかく芽生えた個性を枯らせかねません。個性派達は、私達に様々な氣づきを教えてくれます。
《「障害(個性)」を協力し支える社会へ》
障害を負った人々は、その魂は純粋であり心も敏感です。親や家族の「周りの近所の人が何を言うか!」と言ったり「笑ったり、陰口を言ったり、面前で罵倒したり」すると萎縮してしまい、「自分の生きる道を探すための努力を放棄」してしまいます。「障害も個性の一種」と受け入れて、その人々を支える、応援する心。社会的な受け皿の確立がなくては「障害=個性』にならない社会となってしまいます。
そして、個性派の人々は、私達の気づきを沢山与えてくれます。「考え方」「生き方」「自分を受容する力」「社会に出て行く勇気」そして自分がいつ同じ境遇に陥るか分からない中での大きな気づきを与えて頂ける先導役でもあると思います。

氣づきとは、真摯に受け止めなければ、生涯、知ること無く、人生を終える事になるでしょう。謙虚にならなければ、見るに終わり、學びにも繋がりません。
個性派の方々は、霊的に言えば、勇気がある魂なのです。
《赤ちゃんは親を選んで生まれてくる》
霊的真理では「輪廻転生」の中で、過去世で積み残した宿題や、課題を背負い「自ら親を選んで」生まれてくる。とも言われています。死が終わりではなく、あくまで「現世は学びの場」であることを自覚して、より厳しい境遇(障害や差別される側の生をわざわざ請け負って)に生まれてきた「代表選手」とも言われています。
学びである現世の「宿命」は生まれる前から決められていますが「運命」は変えられます。
六道輪廻の輪の中で負荷をかけて生まれてきて「修羅・餓鬼・畜生・地獄」に堕ちずに生を全うする。だからこそ「勇気ある魂」なのです。

私達は、互いに助け合い、學び合う時、本当の學びに出会うことが出来るのである。
南無大日大聖不動明王尊
蓮華合掌

金剛山赤不動明王院 院主永作優三輝


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# by masumi-inari | 2017-04-28 06:00 | 赤不動明王院便り

マニュアル化現象

本来、人間は、思考する事に意義があるが、昨今のマニアル化現象に依り、短略的思考になっている人をよく見かける。

《マニュア化のメリットと弊害》
マニュアル化とは、「作業の平準化と効率化」を促します。そこに至るまでの失敗や経験を可視化して作成しますが「その失敗の経験を次に活かす為の智慧」は失敗を体験した人間で無いと出来ません。マニュアル化には次のようなものがあります。
  • 電話応対マニュアル
  • 接客マニュアル
  • 営業トークマニュアル
  • 危機管理マニュアル
  • 安全作業手順書

しかし、職人技というものでもない限り、仕事の手順はできる限りマニュアル化しておけば、人事異動などがあっても引継作業がスムーズに行きます。

=「人間のロボット化」を促し、「考えること、試行錯誤すること」を奪います。その為、アルバイトや派遣社員、パートさんには「ある一定の水準以上のスキルは身につきません」。これは、会社が難易度(試行錯誤するもの、未知の分野の仕事)の高い仕事を正社員にしか任せ無いからです。

若年貧困層の問題は、この仕事、社会人のスキルの低下(育てられてい無い)事が大きな問題ともなっていますマニュアルを超えて考え創意工夫し無い限り、育ちません。ロボットに置き換わるだけです

例えば、コンビニでの接客態度、ファミレスの接客など、正に、心の無さを感じている人も少なくないと思います。

日本マクドナルドの接客
無人レジ(接客なし)を導入し始めた日本マクドナルド 商品を受け取るだけ。
アメリカでは、自動販売機のファーストフードまで登場
そして、復興大臣の失言、正に、傲慢である。
《氣は、使うものでは、無く、利かすものである》
言葉は、心を発するもの、まずは、心の中で咀嚼し相手の気持ちを考え発する事が肝要である。
考えもせず、思うがままに発するは、如何なものであろうか?

《武士の約束は証文なし》
新渡戸稲造の「武士道」には、「武士に二言は無い」の真意が語られています。
武士は正直と誠実さを持って礼節を重んじていました。「誠実」とは「言葉が成る」と書く。だから武士は嘘をつく事、言葉を濁す事を卑劣とみなし「一言」を大切にした。言葉の重みを自覚していたから、言葉を発せず、考えてから言葉を発した。
武士は約束を証文なしで決め、かつ実行した。証文を書くという事は武士の沽券にかかわること。「武士に二言は無い」とは、「二言死を持って償う」自覚と覚悟の表れであった。武士の言葉とはそれ程重く、かつ、考えてから発していた証拠です。

接客とは、御もてなしの一歩、接客態度がおざなりでは、どんな美食であろうと、台無しでは、ないだろうか。

人間関係も然り、まるでマニアルのように、接すれば、上手く行く事も台無しであろう。
全ては、想いやる心から始まるのが、日本人の美徳では、ないだろうか?
南無大日大聖不動明王尊
蓮華合掌

金剛山赤不動明王院 院主永作優三輝


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# by masumi-inari | 2017-04-27 06:00 | 赤不動明王院便り