カテゴリ:赤不動明王院便り( 291 )

参拝

永作師僧より 勧進のお願い

院主より、勧進のお願いを致します。

このたび、赤不動明王院では、ご本尊さまである赤不動明王尊の尊剣、
並び護摩壇法具を謹製させて頂く運びとなりました。

不動尊剣は刃渡り80cm、全長1mを越える豪剣であります。

皆様の御厚意を賜われば幸いであります。
これはお願いであり、決して強制ではございません。

ご寄進くださったみなさま方へは、宝剣にて特別祈祷をさせて頂く所存でございます。

金剛山赤不動明王院 院主永作優三輝


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【赤不動明王院】 勧進のお願い


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これから、暮れから正月にかけて、神社仏閣に参拝に行かれることが多くなると思いますが、参拝に際して、これだけは覚えて頂きたい事を、今日は書いて参りたいと思います。

以下は、神社仏閣に共通する事を書きます。

①手水の作法
皆さんは、参拝する前に手水を取られると思いますが、以外と知らないのが手水の作法である。
まず手水舎に一礼して杓を頂き、右手を浄め、左手を浄め左手に杓の水を頂き、口を浄めます。
最後に、杓を立て残った水で杓の手元を浄めます。
次の方が気持ち良く使える様にする為の配慮である。

絶対やってはいけない事。
口を浄める時に、杓からじかに水を飲んではいけません。
最低の行為になります。

杓は参拝者皆さんがお使いになるもので、個人使用の為のものでは、ありません。
最後に杓を裏返して、元の位置に戻して一礼して、参道にお進み下さい。

手水舎の無い場合は、携帯用の塗香を使われるのも良い事です。
要は、不浄を浄め清浄な心と身体で参拝する事に意義があるのである。

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②参道を歩く
昔から進む者は左側を歩き、帰る時は右側を歩きます。
これには深い訳があります。
参道の真ん中は、神仏がお通りになる場所。
開けて置かねばなりません。

左側通行の意味。
武士は、腰に刀をたぶさえます《左腰》
昔は、刀の鞘に他の人が触れただけで無礼討ちになり、武士も無用な争いを避ける為に左側を通るのが習慣であった。
《時代考証、江戸風物史》

昨今、恥ずかしいのが、だらだらと横に広がって歩く参拝者を見る事が多い事である。

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③賽銭
賽銭とは、賽の河原での渡し賃が六文、渡し賃を持たずに来た亡者が渡し船に乗れる様にと布施したのが賽銭である。
その他喜捨、呼び方は様々だが、布施、御釈迦様に布を供養したのが始まりである。
《布をほどこす、と書いて布施》

従って、ほどこす方が投げる事は失礼である。
賽銭箱にそっと入れさせて頂く心こそ、布施の心である。

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④礼拝
たまには、お願い事などせず、一年間ありがとうございます。と手を合わせ、笑顔で帰路に着く。
正に、美しいお詣りではないだろうか。
これが日本の心、謙譲の美徳である。

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南無大日大聖不動明王尊
蓮華合掌
金剛山赤不動明王院 院主永作優三輝

密教の世界で、「作法を教えてください」と師僧に問うと、まず各自に怒鳴りつけられます。
怒鳴られるほど近しい間でなければ「そのような事をしようと思うならば、全て専門僧侶と同じように道具立てからそろえなくては無理です」と言われ、形にこだわるのではなく、礼節を持ち心を込めて敬いなさい。と諭されます。

質問者の意図する「作法」と、師僧の解釈される「作法」の間には、時として大きな隔たりがあるのでは?と感じますが、今日のブログのご指導は「作法」とも取れますし、「礼儀(作法)」と解釈するのがよいのではないでしょうか。
そして、普通の方がお尋ねになる「作法」とは、「どのようなお参りの仕方をすれば、ご神仏様に対して不敬にならないでしょうか」という、礼節の事ではないかと思います。

神社仏閣を詣でる際の礼儀は、日本に生まれ育った私たちは、自然に身についているように思っていました。
しかし、昨今のパワースポットブームによる観光参拝に遭遇するたびに、違和感を覚えます。

初詣、そして大きな例大祭などの際に、~のご利益があるから。~で有名だから。と、遠くの有名社寺に押し寄せる人が沢山いらっしゃいます。
もちろん、そうした時期というのは、働いていらゃしゃる方にとっては休暇の取りやすい時期でもあり、その時でなければお参り出来ないというご事情もおありでしょう。
ですら、一概に行くなと否定は致しません。

けれど、お祭りやご利益を目的にソワソワと浮かれて参拝するのは良いと思えません。
このような行動は「物見遊山」といい、礼拝ではありません。
そこには、敬うという心が置き去りになり、いいところだけをつまみ食いしようという浅ましさが透けて見えます。

本当にご神仏さまに感謝の気持ちをお伝えしたいというのであれば、何でもない普段の日を選んでお参りされることをお勧めいたします。

神社であれば本殿に上がらせて頂いて祝詞を奏上していただく。
お寺であれば、本堂に上がらせて頂いて、ご供養いただく。
三つ指をついて、お願い申し上げます。という心持ちでご神仏のお傍近くに行かせて頂くのが筋です。

あなたがもし神仏の立場であれば、賽銭箱の遥か彼方から小銭を投げ入れるような人の願い事を聞いてやりたいと思うでしょうか?
無礼者。二度と来るな。と怒るのではありませんか?

そうではなく、静かな時間に、きちんとした身なりでお参りし、初穂料と書いた白い封筒をそっと手から滑らせるように入れたなら?
願いを聞き届けて下さる可能性は遥かに高いでしょう。

今日もありがとうございます

感謝合掌
後藤慈優




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by masumi-inari | 2017-12-09 06:00 | 赤不動明王院便り

正月特別祈祷会

永作師僧より 勧進のお願い

院主より、勧進のお願いを致します。

このたび、赤不動明王院では、ご本尊さまである赤不動明王尊の尊剣、
並び護摩壇法具を謹製させて頂く運びとなりました。

不動尊剣は刃渡り80cm、全長1mを越える豪剣であります。

皆様の御厚意を賜われば幸いであります。
これはお願いであり、決して強制ではございません。

ご寄進くださったみなさま方へは、宝剣にて特別祈祷をさせて頂く所存でございます。

金剛山赤不動明王院 院主永作優三輝


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当院では、今回、例年にない祈祷会を謹修する為の準備に追われて居る。
新たに法具師に鋳造させた法具類は数十に及ぶ。

此処では秘法の名前は明かさないが、知る人ぞ知る大法である。
予約を開始した途端、申し込みが殺到して居る。

弱い人を助ける為にあるのが、密教呪術である。
12月31日から8日間謹修する密教秘法は、準備する法具も仏具も供物も全て本物を揃えて《御次第書に忠実に》謹修します。

8日間で使う供物の一つを紹介すれば、真珠を100粒以上が護摩炉の中に消えて行くのである。
申し込み者には、供物も観覧して頂く予定である。

*密教法具に関する師僧の過去記事より*

・密教の法具は、元々は古代の手術道具や、戦士の武器が変化した物を荘厳具に仕立てた物が多い。
例えば、コンペイなどは耳の手術などに使われていた道具と言われる。

・五鈷杵に宝石を仕込み、法具の力を最大限に増幅する加持祈祷も御座います。
宝石の持つ特性と、有る力の融合効果を最大限に発揮させる為に使う法なのです。

・密教本尊仏・密教法具は、高価な物ですが、私は自分の力が及ぶ限り、密教を志す方々の為に、仏師、仏具師、鋳造師、と、掛け合い、出来るだけ安価に抑えて、本物を届けたいと思います。

・現在の密教法具は贋物が多く出回り、写真では判別が難しいほど精巧に作られておりますが、やはり贋物はおもちゃ程度です。
くれぐれも、贋物には手を出してはいけません。
素人見が良い程、贋物は悪意に満ちております。

・最近の密教ブームに便乗して、偽物が多く出回っております。
密教僧なら真偽が解るのですが、素人の方には見分けが難しい、精巧な物もあるのです。
コレクションで楽しむなら問題はありませんが、使用には耐えません。

・古い出処の不明な物には、手を出しては危険です。
左道に使用した法具もあります。
左道に使用した物を所持しただけでも、被ります。
因縁に手を出せば、因縁を被ります。
絶対に、お止めになる事を、お勧め致します。
密教法具には、それだけの力が、秘められているので御座います。
如何しても、欲しいと思われる方は、密教寺院にお尋ねする方が良いと思います。
変な癖が付いていない、無垢な法具で、楽しまれる事をお勧め致します。

・密教法具には、音が出る物が、殆んどで御座います。
何故、音が出る法具が必要か?
古神道の雅楽に観て撮れる様に、音と霊界とは密接な関係が有るのです。
(中略)
密教法具の音は、御仏に捧げる音なので御座います。
密教法具は、心を和らげる効果があるのです。
そして、浄霊効果もあるのです。
本物の密教法具は、鳴らす事で悪霊は退散し、その場を浄めます。
一般の方々が本物の密教法具を家に置き、鳴らす時、空気は澄み渡り、悪霊は退散し、あなたも心癒されます。



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椀器だけでも相当な数を要し、 護摩杓に至っては法具を形どった物を使用します。

此れは当院の秘蔵品である。
正月特別祈祷会の主眼とするのは、願主の開運招福の実現である。
個人差はあるが、笑顔の無い幸福は存在しない。と私は考えます。

家族であろうと、一人暮らしであろうと、笑顔をの無い暮らしに幸福は無いと言える。

笑顔の種を蒔き、笑顔が芽を出し、笑顔が実る時、必然的に開運招福に至るのである。

南無大日大聖不動明王尊
金剛合掌
金剛山赤不動明王院 院主永作優三輝

来る年の祈祷会は、これまでに例のない特別で大掛かりな内容となります。
混迷する現代社会ですが、ご縁ある方には安寧でいて頂きたい…その一心で、長らく修されることのなかった大法に取り組まれることになりました。

この法の詳細、また供物や法具をご覧になりたい方は、ぜひご祈祷にお申込み下さい。
それ以外の方への公開はなさらないそうです。

みなさまが笑顔で過ごせる日常を願い、赤不動明王院は誠心誠意全力で年末根年始の祈祷会に臨みます。

今日もありがとうございます

感謝合掌
後藤慈優



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by masumi-inari | 2017-12-08 06:00 | 赤不動明王院便り

心の在り方

永作師僧より 勧進のお願い

院主より、勧進のお願いを致します。

このたび、赤不動明王院では、ご本尊さまである赤不動明王尊の尊剣、
並び護摩壇法具を謹製させて頂く運びとなりました。

不動尊剣は刃渡り80cm、全長1mを越える豪剣であります。

皆様の御厚意を賜われば幸いであります。
これはお願いであり、決して強制ではございません。

ご寄進くださったみなさま方へは、宝剣にて特別祈祷をさせて頂く所存でございます。

金剛山赤不動明王院 院主永作優三輝


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【赤不動明王院】 勧進のお願い


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人間に生まれて一番の悩みは、心の在り方ではないだろうか。
例えば、自分が諍いの種を蒔いたにも関わらず、傍観者を気取って当事者を憐れみ、傍若無人に振る舞う者も居る。

聡明な読者諸氏にはお判りだろう。
一言、自分が発した言葉を忖度した、仲間が先走った行為である。

忖度(そんたく)とは
他人の心をおしはかること。また、おしはかって相手に配慮すること。

デジタル大辞泉より

全ての責は自分にある。と泰然自若たる態度で臨めば、事はこじれず解決に向かったのではないだろうか。
そして、自分を慕う者を救う結果に成ったと考えます。

真実は小説より奇也。
真実を語るには痛みを生じるが、厚顔無恥に陥入るよりはマシだと私は考えます。

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昔の武士の思想は、恥を知る思想にある。
葉隠に曰く、武士道とは死ぬ事と見つけたり。
命を惜しむな名を惜しめ。

正に、恥を知る思想であり、私は見習いたい。
食べる為に恥を行うのであれば、武士は食わねど高楊枝。
童子であれば、腹が減っても脾もじく無い。

正に心の在り方である。
正しく信念を持って活きる時、天は見放しません。

淡々と正義を貫く時、真実は表面に現れ、悪は阻害される社会が形成されるであろう。

自身の位置は他が守り、他の位置は我が護る。の思想は、今の日本では絵空事になりつつある。
正に殺伐としか言えない。

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葉隠
江戸中期の教訓書、武士の修養書。
正しくは『葉隠聞書(はがくれききがき)』、別名『鍋島(なべしま)論語』。

書中の「武士道(ぶしどう)と云(いう)は、死ぬ事と見付(みつけ)たり」という一句はとくに有名。

肥前(佐賀)鍋島氏の家臣山本神右衛門常朝(じんえもんつねとも)(1659―1719)が武士の生きざまについて語った談話をベースに、門人の田代陳基(たしろのぶもと)が歴代藩主や戦国武士たちの言行録や聞き書きから採録したものを加えて整理し、前後7年をかけて書冊にまとめたもの。

(中略)
儒教的な士道論からみれば、極端というべき尚武思想に貫かれているので、藩中でも禁書・奇書の取り扱いを受け、公開を禁じられた。
明治中期以降、再認識され、広く一般にも読まれるようになった。

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)

考えて頂きたい。
水は高きから低くきに流れ、上流の水が濁れば、下流の水は腐敗する。

親が子を食らわば國は滅ぶ。
真実が歪曲されれば悪業は栄る。
今が目覚める時ではないだろうか。

南無大日大聖不動明王尊
蓮華合掌
金剛山赤不動明王院 院主永作優三輝

自分の身や立場を守るため、自分に関わっている者、特に弱い立場の者、反論できない者に罪を被せて正義の味方や被害者を装う人は少なくありません。
そのような人は、自分が引き起こしたことの重大性にいち早く気付いたからこそ、その場から安全地帯に逃げたい一心です。

うまく逃げおおせたと胸を撫で下ろしながらも、心中は穏やかならず。ではないかと思います。

責任ある立場、高い地位にいる人間は、悪意を持って近づく人もいますが、無条件に「あの人の言う事ならば間違いないだろう」「あの人のする事には意味があるに違いない」と、周囲の者が勝手に期待するきらいがあります。

自分に対する良い印象や期待を逆手に保身に走るのは、とても愚かしいもので、ひとたびこの腹の中を見透かされるや自分に対する信頼は地に堕ちます。
反面、弱い立場、人から常に強い言葉を投げられる側としては、自分の正当性をいくら訴えても取り合ってすらもらえないという苦しい状況がままあります。

しかし、その場面だけを切り取るのではなく、俯瞰でものをみることの出来る人は、普段からのその人の言動を見ています。

真偽のほどが明らかではない様々な情報が飛び交う状況下にいるとき、勇気をもって真実を貫くというのは本当に辛く難しいものです。

ではありますが「自身の位置は他が守り、他の位置は我が護る。の思想」を自分の中に落し込み、真に責任感のある人間として、地に足をつけて生きていこうではありませんか。

真実を貫き続ける過程で、人は離れて行ったり、自分を誹謗中傷したり、様々な迫害にあって生活が困窮することもあります。
私にもありましたから、これがきれいごとではないことは体験上よく知っています。

けれど、自分を救うのは真実を貫く勇気と孤高に生きんとする精神なのです。

今日もありがとうございます

感謝合掌
後藤慈優



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by masumi-inari | 2017-12-07 06:00 | 赤不動明王院便り

準備

永作師僧より 勧進のお願い

院主より、勧進のお願いを致します。

このたび、赤不動明王院では、ご本尊さまである赤不動明王尊の尊剣、
並び護摩壇法具を謹製させて頂く運びとなりました。

不動尊剣は刃渡り80cm、全長1mを越える豪剣であります。

皆様の御厚意を賜われば幸いであります。
これはお願いであり、決して強制ではございません。

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金剛山赤不動明王院 院主永作優三輝


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何かを成そう、成し遂げようとすれば、必ず必要なのが準備である。
其処には、地味な努力の積み重ねがある。

一例を挙げれば、あの夏の花火は1年間の地味な努力の集大成と言えるであろう。

加持祈祷も同じである。
特に秘密修法ともなれば、法具類から誂えねばならない。

今、当院では、お正月の秘法の準備で大忙しである。
何故かと言えば、普段やらない大法を謹修するからである。

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正月の赤不動明王院

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正月の赤不動明王院

法具に至っては、密教好きの方でも見た事が無い法具がズラリと並ぶ事に成る。
全て特別注文で作った物である。
《密教塾で公開します》

護摩杓で言えば法輪杓に始まり、宝珠形の器、宝珠杵、高さ一尺の如意宝珠、その他、仏具、法具類は当院秘蔵の宝物である。

普段は一切、公開はしておりません。
今、次第書に基づき、間違えて無きよう準備中である。

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参考資料:法輪

何事も準備が重要であり、その日に向けて重ねて行くのである。
人間関係も同じで、積み重ねて行く事が肝要である。

南無大日大聖不動明王尊
蓮華合掌
金剛山赤不動明王院 院主永作優三輝

簡単に成果の出るものは簡単にダメになることが多い。
簡単に成果の出るものは反動も大きい。
祈祷僧として、この二つは常に肝に銘じておかなければならないことだと教わりました。

昔から「継続は力なり」と言います。
継続=準備=鍛錬=努力
と私は理解しています。

師僧の密教僧人生の積み重ねの結果が、また新しい年の特別祈祷で形になるそうです。
楽しみでなりません。
ワクワクします。と答えたら「お前はただ楽しみにしているだけで済む身の上じゃねぇだろう」と言われました。

確かにそうですが、この世界奥に入れば入るほど、見たことも聞いたこともない何か素晴らしいものとの出会いが待っているのです。
遥か昔に志を立て、継承してきた一流の職人と密教僧の生きた証に触れることが出来るのは、やはり楽しみです。

努力なくして伝統は育まれません。
作り上げる努力、受け継ぐ努力、その重要性を世に表していく努力。
どれが欠けてもこの日は来なかったかと思うと、ご本尊さまのお計らいという言葉しか思い当たりません。

相当な密教通であっても見たことのない特別な法具をご覧になりたい方は、密教塾へお入りください。
月謝3000円の私塾です。







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by masumi-inari | 2017-12-06 06:00 | 赤不動明王院便り

親孝行

永作師僧より 勧進のお願い

院主より、勧進のお願いを致します。

このたび、赤不動明王院では、ご本尊さまである赤不動明王尊の尊剣、
並び護摩壇法具を謹製させて頂く運びとなりました。

不動尊剣は刃渡り80cm、全長1mを越える豪剣であります。

皆様の御厚意を賜われば幸いであります。
これはお願いであり、決して強制ではございません。

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金剛山赤不動明王院 院主永作優三輝


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昨今は死語の様に成った言葉。
しかし、根底では生きている行為が親孝行である。

私の元にある一件の相談があった。
相談者のお母様がご病気で入院して居るが、思わしく無いと言う。

よくある相談ですが、私の寺ではまず医師に診察して頂き、その上で相談をお受けして居ます。
身体に関わる事は、早期発見、早期治療が一番であり、それを誤れば良い結果など望め無いと言うのが私の考え方である。

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素人判断で治療など及びもつきません。
私の母は貧困の為、医師にも掛からず亡くなりました。

今は、誰でも医師の治療が受けられる時代である。
私の加持祈祷は、最期の手段であり医師の治療とは異なる。

相談者のお母様は、医師も首をかしげる状態である。

私は決意した。

仏母〇〇〇〇延命持仙秘法を修しようと。
この秘法には解毒効果があると言われ、古来より修されて来た秘法である。

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修するには様々な供物が必要であり、揃えるには困難を要する。

しかし、相談者のお母様を想う気持ちを知り、揃える決意をした。
相談者にはこの事は伏せてある。
何故か、負担を掛けたく無いからである。

もし私の母が生きて居て同じ事があれば、私はどんな困難をも厭わず揃え、一命を掛けても修したであろう。

増してや、お母様が入院中。
大変であると察する。

私は僧侶。
人に布施が勤め。
子が親を想う心は同じである。

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孝行したい時に親は無しの例えあり。
誰でも親は大切な人、悔いのないようにしたいもの、後悔後に立たず。

私はこの親子の笑顔が見たい。
修する手に力が入る。

南無大日大聖不動明王尊
蓮華合掌
金剛山赤不動明王院 院主永作優三輝

病気平癒祈祷に関わる赤不動明王院の信念。
それは『まず最初にきちんと医師の診断及び治療を受けること』です。

医者の言うことなど聞くな、薬など飲むのをやめなさい。
等と申し上げることは絶対にありません。
なぜなら我々は、医師でも看護師でもないからです。

師僧も記事内にて明記している通り、「加持祈祷は最後の手段」です。

病気は學びであり、愛別離苦を知れ。そして諦めろ。
という考え方もあるかもしれません。
事実、私もそんな事を激しい口調で言われた事が経験上あります。

しかし、すべての人間は母親から生まれました。
自分という存在を、命がけでこの世に送り出してくれた最高最大の恩人を救いたいという思いは、他のどんな願望や執着とも違うと私は考えます。

親の事を想い、考え、何か役に立ちたい、感謝の気持ちを表したい。
そのような心境になるのは、不幸にして親が老いたり病気になったりしたタイミングかもしれません。

しかし、いつどこからでも親孝行は出来るのです。
愛とは何か、感謝とは何か、自分が生きるとは何か。を身を削りながら教えてくれる唯一無二の存在。
それが親というものではないでしょうか。

ご相談者の方のお母さまのご快癒を、心より祈念申し上げます。

慈優



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by masumi-inari | 2017-12-05 06:00 | 赤不動明王院便り

師走《しわす》

永作師僧より 勧進のお願い

院主より、勧進のお願いを致します。

このたび、赤不動明王院では、ご本尊さまである赤不動明王尊の尊剣、
並び護摩壇法具を謹製させて頂く運びとなりました。

不動尊剣は刃渡り80cm、全長1mを越える豪剣であります。

皆様の御厚意を賜われば幸いであります。
これはお願いであり、決して強制ではございません。

ご寄進くださったみなさま方へは、宝剣にて特別祈祷をさせて頂く所存でございます。

金剛山赤不動明王院 院主永作優三輝


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12月は、師も走ると言うほど忙しい月である。
増してや31日の秘法謹修の準備もあり、大忙しである。

忙しいのは平和の証拠。
人間、忙しく働ける事は有り難い事です。
感謝に始まり感謝に終わる一年こそ、しあわせでは無いでしょうか。
愚痴にまみれても、同じ一日。
一日の繰り返しが、一年の締めくくり、師走です。

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そして年が明ければお正月。
子供達は、お年玉を手に自分の欲しかった物を買う。
良い風景である。

何時もの日は、一生に一度しかない事を胸に刻み生きる時、あなたの人生は変えられるのです。

愚痴にまみれて居ては、変えられるものも変えられ無いのである。
後ろ向きに成って拗ねて居ても、振り向けば一年はあっという間に過ぎて居るのです。

一日を大切に生きられる人は、それだけで得なのである。
一日の積み重ねが一年であり、一年の積み重ねが一生である。

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その積み重ねを、愚痴や妬みで過ごしたとしたら、勿体無い事である。

人生は責任主体。
良い人生も愚痴まみれの人生も、全ては自分の人生である。

あなたがもしも愚痴にまみれて居るのなら、変えて見ませんか。
変えるも自由。
変えて新しい一日を送れば、変えられます。

境遇や貧困に憎悪しても、全て自分に返ってきます。

ならば、新年からでも良い。
変えて見ませんか?

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潔ぎよく変えられた時、あなたの人生は変わります。
あなた自身が変えるのである。

暗闇の中で愚痴っても、全て自分に跳ね返るこだまなのです。
ならば暗闇から出て、日光の下、明るく生きていれば、必ず光明が見えて来ます。

あなたの歩みに寄り添います。
南無大日大聖不動明王尊
蓮華合掌
金剛山赤不動明王院 院主永作優三輝
仏門に入ってから、一日があっという間に過ぎるように感じます。

勤め人だった頃は、朝が来て退社の時間までが、牢獄に繋がれているように長く苦痛でした…。
することがある、というのは幸せな事です。
勤め人で職場にいるのに仕事がない。
これは居た堪れないものです。

自分の存在意義を感じられる瞬間を、どれだけ怠け者だと思っていても人は求めているのではないかと感じました。

勤めをやめ、闘病の傍ら自営業を始めました。
虚弱体質だったはずなのに、勤めに出ていた時よりも忙しくなりました。

その上修行を始め、寺の事務、自坊の仕事と今やタコ足配線で24時間365日無休です。
それであっても、一日の始まりには新たな瞬間を感じます。

私の場合は信仰がその区切りであり、幕開けです。
御本尊さまのお水、お酒、洗米を毎日取り換えるとき、新しい一日の始まりに感謝します。

まだ日が昇る前の祭壇に進み出るとき、今日一日誠実であろう。という思いが自然と沸き上がります。
基本的に暖房を長く焚かない部屋ですが、礼拝を進めているうちに陽が射して温かくなってくると嬉しくなります。

こころが不平不満や愚痴、悲しみで溢れそうになっている時には、太陽の光を浴びてみましょう。

自分の想いで自分の心を温めることが難しい時には、まず太陽に温めてもらう事が良いと思います。

今日もありがとうございます

感謝合掌
後藤慈優






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by masumi-inari | 2017-12-04 06:00 | 赤不動明王院便り

御接待

永作師僧より 勧進のお願い

院主より、勧進のお願いを致します。

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並び護摩壇法具を謹製させて頂く運びとなりました。

不動尊剣は刃渡り80cm、全長1mを越える豪剣であります。

皆様の御厚意を賜われば幸いであります。
これはお願いであり、決して強制ではございません。

ご寄進くださったみなさま方へは、宝剣にて特別祈祷をさせて頂く所存でございます。

金剛山赤不動明王院 院主永作優三輝


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御接待と云っても、人間にでは無い。
諸天天神への特別な供養である。

一般的に知られて居るのは、聖天尊の浴油や宇賀神尊の浴酒法であるが、当院ではまだ他にもある。
現在その秘法を修する為の法具を専門法具師が製作中である。

この法を修するには、専門法具《販売されて居ない》から製作せねばならない。
そして、12月31日から修法に入り1月7日まで続ける大法である。

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願主の願いを一心込めて修するのである。
護摩壇とは別壇を組み修します。

様々な宝石や供物を炎の中に入れ天にお届けし、願主の願いを一心に願う荒行である。

また法具に至っては、誰も見た事の無いものばかりである。
法具辞典には載って居るが、現存はしていない。

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私がこの秘法を伝授されてから、20年。

いつか謹修すると心に決めていたが、出来なかった訳は法具の製作である。
寸法も形も伝書があるので問題は無いが、作れる法具師がいなかったのである。

現在は、京都に寺院専門の法具師が居て、私の無理な注文をも聴いてくれる強い味方が居るので、ようやく修法が実現する運びになり嬉しい限りである。
この秘法は、名前を聞けば申し込み者が殺到するので此処では発表しません。
現在は、準備に追われる毎日である。


南無大日大聖不動明王尊
蓮華合掌
金剛山赤不動明王院  赤不動明王院院主永作優三輝

早いものでもう師走。
今年も年末年始の祈祷会の準備をする時期がやってきたのだなぁ…と感慨深いです。

いつも基本的に赤不動明王院は全力疾走ですが、更に加速していく時期です。
今度はいまだかつてない、何か本当に特別な祈祷になるようです。

師僧から少し話を伺ったところによりますと、これまでそんな法具があると誰も聞いた事がないような法具が使われるそうです。
そして今から数十年前に、卓越した技術を持った職人さまが魂を込めた仕事をなさった結晶が、もうじき赤不動明王院に戻ってくるそうなのです。

このようなお話を伺うたびに、ある程度まで上り詰めたからといって、それに安穏としていてはいけない。
という事を教わります。

自分の技術を磨き上げることは、地位や名誉や生活を楽にすることには決して結びつかないことも多々あります。
それゆえ、余裕がない生活をしていると、自分を磨くいうことよりは「今日の食事」の方が優先されても致し方ないのかもしれません。

しかし、それであっても、最高最善のものを仏さまへ。という志を曲げることなく、折れることなく貫き通してきた方が過去に存在したのは純然たる事実です。
その粋を、必死に継承しようと心血を注いでいるのが赤不動明王院です。

私も微力ながら、その魂の継承に事務方として携わらせて頂けていることに感謝しております。

秘法の申込み開始をどうぞ楽しみにお待ちください。

今日もありがとうございます

感謝合掌
後藤慈優



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by masumi-inari | 2017-12-03 06:00 | 赤不動明王院便り

信仰

永作師僧より 勧進のお願い

院主より、勧進のお願いを致します。

このたび、赤不動明王院では、ご本尊さまである赤不動明王尊の尊剣、
並び護摩壇法具を謹製させて頂く運びとなりました。

不動尊剣は刃渡り80cm、全長1mを越える豪剣であります。

皆様の御厚意を賜われば幸いであります。
これはお願いであり、決して強制ではございません。

ご寄進くださったみなさま方へは、宝剣にて特別祈祷をさせて頂く所存でございます。

金剛山赤不動明王院 院主永作優三輝


↓詳しくはこちらの記事をご覧ください↓
【赤不動明王院】 勧進のお願い

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信仰とは、誰にも左右される事無く自由に持ち続けられる心の栄養である。
その昔、武術家で生きる事を夢観て単身アメリカに渡り、様々な経験を積みました。
帰国後は高名な先生方に指導を賜わり、前途を嘱望された時代。

日本武道館に菊の紋章を胸受けて参内した頃、その後の数奇な運命を知る由も無かった。
その出来事は、突然に訪れた《両親の死》

その後、出家。
しかし、在家から出家した者に風は冷たかった。

阻害と無視。
しかし、武術で培った精神はやわでは無い。
そんな小さな事では微動打にもしない。

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そんな時、本物の師僧に巡り会えたのが分岐点であった。
師僧は、様々な秘法を惜しげも無く御教授下さった。

正に、信仰は心の栄養と確信したのはこの頃である。
修行が厳しいのは当たり前。
嫌なら辞める自由は、誰にでもある。

しかし一旦、覚えて身につける喜びを知る時、苦は苦で無くなるのである。

武術を動の修行とすれば、僧の修行は静である。
どちらの修行も己れが選びし道、貫き導き出すしか無い。

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修行に楽は無し。
そして歳を重ね振り返れば、自分の道は自分で切り開く事に氣づくであろう。

御本尊様の前に座して読経する時、生まれて来たしあわせに氣づく今日この頃です。

南無大日大聖不動明王尊
蓮華合掌
金剛山赤不動明王院 院主永作優三輝

自分自身の修行経験を振り返って感じることがあります。
それはこれまで社会人として働いてきた時の「成果」とは、目に見えるものであり、達成感があり、第三者からの評価を受けることが暮らし向きに響く(査定など)という大変わかりやすいものだったという事です。

師僧は自らの武道家としての生き方の中から、「武道は動の修行」という言葉を出されましたが、私にとっては「会社員生活は動の修行」でした。
それに引き換え、本当に僧の修行は静です。
ここまでやったから大丈夫、次へ行ける。といった客観的な指標はあってないようなものです。

他人からの承認や賞賛を求め、顔色を窺っているようでは何一つ身につきません。

暗闇の中をひたすら歩くか、その中で座して自分を見つめ続けるか、貧しい中でいかに生き抜いていくように自分を信じて励まし続けるか。
徹底的に自分が「個」であることを意識します。

しかしそれは孤独なのではなく、諦観への道と言えます。

信仰を持っていることを人に知られたくない。
人からバカにされた。
という事を悩んでいらっしゃる方は少なくありません。

馬鹿にしたり嗤ったりする人は、自分が何か信仰に関わることで心に傷を負っているのかもしれません。
誰かを嘲笑したり、わかった風で決めつけたりすることで、心の傷を誤魔化そうとしていることもあり得ます。

信仰とは、自分の頭で何も考えなくなることではありません。
むしろ、ある視点から世の中を、自分の心の中を、見つめ続け、考え続ける道に入ったということです。

心の栄養を蓄えたとき、自分の言葉で思う事を語れるようになることでしょう。

今日もありがとうございます

感謝合掌
後藤慈優



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by masumi-inari | 2017-12-02 06:01 | 赤不動明王院便り

魅力

永作師僧より 勧進のお願い

院主より、勧進のお願いを致します。

このたび、赤不動明王院では、ご本尊さまである赤不動明王尊の尊剣、
並び護摩壇法具を謹製させて頂く運びとなりました。

不動尊剣は刃渡り80cm、全長1mを越える豪剣であります。

皆様の御厚意を賜われば幸いであります。
これはお願いであり、決して強制ではございません。

ご寄進くださったみなさま方へは、宝剣にて特別祈祷をさせて頂く所存でございます。

金剛山赤不動明王院 院主永作優三輝


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【赤不動明王院】 勧進のお願い


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あなたを惹きつける魅力とは何ですか?
お金ですか、美貌ですか、家柄ですか。
何れも不確かなものと私は考えます。

例えば、お金など使い果たせば終わりであり、美貌、歳を重ねれば失せるもの、家柄、没落すれば何の意味もなさない。

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魅力とは、個々の人間力である。
人生の風雨に晒されても立ち上がり、愛別離苦の中に遭っても己れを見失わず生き抜く力こそ人間力であり、魅力に繋がるのである。
人間は苦に弱いが、苦に立ち向かう勇気も同時に持って居る。
己れを憐れみ屈する時、人間力をも衰退させ、己れを負に誘い込む要因になる。

私はそんなに強く無いと言う人も居るでしょう。
しかし、乗り越え無くてはいけない場合も多々あります。

逃げは、苦の繰り返しに繋がります。

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その逆に、苦を受け止め立ち向かう時、人は磨かれ強く成ります。

そして、振り向けば泰然自若たる自分を観る事が出来ます。
不確かな魅力に執着して居る間は、真の魅力を理解する事も無いでしょう。

本当の魅力とは、あなた自身の中に眠る正心であり、優しさである。
他を誹謗中傷して勝ち誇った気分に酔って居る内は、人間としての魅力など理解の範疇にも無いで有ろう。

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今、様々な苦の中に居る人、あなたは一人では無い。
勇気を振り絞り、立ち上がり観て下さい。
あなたには、強い味方が居るのだから。
それでも心が折れそうな人には、私が寄り添います。

南無大日大聖不動明王尊
蓮華合掌
金剛山赤不動明王院 院主永作優三輝

時間の経過とともに失われる「魅力」とは、物質的価値観による評価でみたものと言えそうです。
美貌もスタイルも、お金も家柄も…。
世の中のものは全て儚く、永遠に存在するものなどはないと言います。

しかし、そんな中でいつまでも色あせたり損なわれたりすることのない魅力があるとしたら。
それは知恵であり、生きていく力であり、包容力といった人間性の豊かさに他なりません。

それはお金があるだけでは身につきませんし、貧しいから身に着けられないというものでもありません。
つまり、どんな境涯にいようが言い訳の出来ない、自己責任で創造する魅力ということになります。

仏教には、魅力的な人間になるための教えが「十善戒」としてまとめられています。


十善戒

十地経(華厳経十地品)第二「菩薩住離垢地」で勧められる、菩薩としてなすべき十の良いことをすることの戒め。

身業
不殺生(ふせっしょう) 故意に生き物を殺さない。
不偸盗(ふちゅうとう) 与えられていないものを自分のものとしない。
不邪淫(ふじゃいん) 不倫など道徳に外れた関係を持たない。

口業
不妄語(ふもうご) 嘘をつかない。
不綺語(ふきご) 中身の無い言葉を話さない。
不悪口(ふあっく) 乱暴な言葉を使わない。
不両舌(ふりょうぜつ) 他人を仲違いさせるようなことを言わない。

意業
不慳貪(ふけんどん) 激しい欲をいだかない。
不瞋恚(ふしんに) 激しい怒りをいだかない。
不邪見(ふじゃけん) (善悪業報、輪廻等を否定する)誤った見解を持たない。

特別な能力や出自でなくても可能なのです。
若くても年老いていても、これまでの人生で何か大きな失敗や、人に言えないものを背負っていたとしても可能です。

お金があろうとなかろうと、健康であっても病気であっても、たったいまから出来ることがあります。
それは「無財の七施」という教えです。

【無財の七施】
『雑宝蔵経』(ぞうほうぞうきょう)に説かれる「無財の七施」。
人に対して笑顔で優しく接すること。

眼施…優しい眼差しを向けること。
和顔施…人に対して笑顔で優しく接すること。
愛語施…愛のある思いやりのある言葉を与えること。
身施…自らの体を使って奉仕すること。
心施…思いやりを持って心を込めて接すること。
牀座施…座席や立場を他の人に譲ってあげること。
房舎施…自宅に人を迎えて休んでもらったり雨露を凌いでもらったりしておもてなしをすること。

はてなキーワードより引用

肝心なのは、自分の「痛手」「傷」を隠れ蓑にして、逃げたり言い訳をしないで生きる勇気を持つことなのです。
そして、自分という生を諦めないこと、生かされてあるわが命を尊ぶことです。

今日もありがとうございます。

感謝合掌
後藤慈優



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by masumi-inari | 2017-12-01 06:00 | 赤不動明王院便り

愛を引き寄せる

永作師僧より 勧進のお願い

院主より、勧進のお願いを致します。

このたび、赤不動明王院では、ご本尊さまである赤不動明王尊の尊剣、
並び護摩壇法具を謹製させて頂く運びとなりました。

不動尊剣は刃渡り80cm、全長1mを越える豪剣であります。

皆様の御厚意を賜われば幸いであります。
これはお願いであり、決して強制ではございません。

ご寄進くださったみなさま方へは、宝剣にて特別祈祷をさせて頂く所存でございます。

金剛山赤不動明王院 院主永作優三輝


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【赤不動明王院】 勧進のお願い

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恋愛で悩む人は多い。
好きな人は居るけど、話しもした事が無い。
声を掛けて話しをしたい。
自分なんか相手にして貰えないと悩む。
異性と付き合いたいが機会がない。

理由は、様々でしょう。
キッカケがないが共通点ではあり、男女ともに悩むところでは無いでしょうか。

ご安心下さい。
密教には解決策があります。

古来より男女の結びつきに悩む事は多く、それを解消すべく、各高僧が経典を紐解き、現代に伝えられて居るのが密教秘法であります。

そして、密教秘法を現代語に訳し、誰にでも活用出来る様に製作しました。
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簡単そうで難しいのが、男女の仲。
キッカケ無しにいきなり女性に声を掛ければ、嫌われたり、悪くすれば痴漢と間違われて大変な目に合い兼ねません。

その逆に、こちらに興味があっても中々、女性から声を掛けられるものではありません。
男性も同じで、変に思われたく無い、断られたら恥ずかしい、いろいろな想いが交錯して、中々踏み切れ無いのが現実では無いでしょうか。
でも、異性とのお付き合いをたい。

なれば、あなたの想いを目指す相手に飛ばし、引き寄せては如何でしょう。

一人で悶々と考えるよりも、爽やかに想いを伝えられるキッカケにしても、誰にも知られず完結できます。

愛はあなたに様々な事をもたらします。
何も言えず、何も進展せずでは、先には進みません。

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愛を体感し、愛の素晴らしさを知った時、あなたは一回り成長して居るのです。

南無大日大聖不動明王尊
蓮華合掌
金剛山赤不動明王院 院主永作優三輝

愛し愛されたいというのは、欲なのでしょうか?
欲の部分が全くないとは言いませんが、特別な結びつきのなかでしか成立しない関係というものは確かに存在します。
そして、そのつながりの中では、最も深く愛を学ぶことが出来るのです。
他のどんな人とのお付き合いでも分かち合えないような、時に自分自身でさえ知らなかった自分の姿を見せてくれる相手。

それが愛する人の存在です。

自分のこと以上に大切だと思える人との出会いは、自分を大きく育ててくれます。

安心感を与えあえる喜び。
誰かを守ることが出来る自分に気付くこと。
愛している以上に愛されることを知って、愛おしさや責任感が強く芽生えること。

人間の成熟度は加齢では測れません。
どれだけ豊かに生きてきたかによります。

愛することで、愛されることで、あなたは優しく強くなれるのです。






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by masumi-inari | 2017-11-30 06:00 | 赤不動明王院便り