2017年 12月 04日 ( 3 )

赤不動明王院では、銀の仏像を取り扱っております。
そこで、改めて金・銀・プラチナの相場を學びました。

*田中貴金属工業株式会社さま*(参考にさせて頂いたサイト)
12/4:金相場 5,046円/グラム(税込小売価格)
12/4:銀相場 67.28円/グラム(税込小売価格)
12/4プラチナ相場 3,771円/グラム(税込小売価格)

*計算の為に…*
1㎏=1000g

ちなみに…
銀の融点…
961.8°C
金の融点…1,064°C
白銀(プラチナ)の融点…1,768°C


d0359990_16482847.jpg
純銀製聖天尊像 約240g→250,000円

d0359990_16505992.jpg
純銀製宇賀神尊像 約270g→237,600円

d0359990_16520138.jpg
純銀製双身毘沙門天尊像 約580g→378,000円

これはあくまで原材料の銀の値段の算出に過ぎません。
ここから見えない費用が掛かってきます。

*鋳造仏を作る各工程に掛かる費用*
・木像の原型作製費
・鋳造の為の型の製作費←私が調べた時には大体約60万円程度
・鋳造費
・彫金費
・磨き代

このような作業に掛かる費用を込みで、改めて提供単価を見直してみると…。
赤不動明王院の銀天の価格が高いのか安いのか、わかってきますね。

恐ろしい世界だと改めて感じました。



[PR]
by masumi-inari | 2017-12-04 20:00 | 眞澄稲荷便り

【残2】阿字観瞑想法

大変長らくお待たせ致しました。
先に密教塾配信にてご案内しておりました、阿字観瞑想法についての詳細をお知らせ致します。


=阿字観=

阿字観を高野山で経験された方もおいでになると思いますが、現在修されて居るものは、あくまで在家用に整備された修行法であります。

私達は、元来霊的な存在であり、現界に生まれる前までは霊的存在であり、当然霊力を有して居たのであります。
それが、現界に生を受け、肉体の衣を纏った時点で霊力を失っただけなのです。

では、何故霊力が失われたのか?
それは、我欲の発生による反作用に他なりません。

ほとんどの人は、三歳までは霊的能力を有して居たのです。

しかし、我欲の発生による心の垢に依り、徐々に忘却し、やがて存在の有無までも疑い、否定する事に依り、「物質的価値観こそしあわせの証」と錯覚するに至ったのです。

霊的力を肯定する時、我欲は崩壊せざるを得ない事に氣づくはずです。
我欲こそ無用の長物であります。

諸君は、我欲とは何か。に必ず氣づきます。
そして、霊力とは何かに氣づくはずであります。

また、氣づく事で、しあわせとは何か。
生きるとは何か。に思いを馳せてゆくでありましょう。

霊能は、当たり前に私達は有して居ります。
足りないのは、霊力であります。

霊力とは筋肉と同じであり、鍛えなければ衰え、退化します。
人間には、非力な人と剛力な人が存在する様に。

しかし、諦める必要などありません。
例えば、赤ちゃんに非力、剛力が顕著に表れますか?
非力、剛力は、その後の生活や過ごし方に問題があるのです。

今後私は、希望する者には訓練法を伝授して行きます。
但し、全ては自己管理と自己責任を自覚出来る者に限定します。

自己の心があやふやでは、修行を全うする事は不可能だからです。

手始めに阿字観を導入します。

師僧


d0359990_12151350.jpg

阿字観瞑想法一式の内容
・阿字観軸≪布製・木製台≫高さ77cm×横41cm(全長)
・次第書

伝授料:32,400円(消費税・発送料等全て含みます)

こちらの阿字観軸は、一般向けにある紙製ではなく、高野山の表具師さんに発注して作って頂いた寺用のものです。
大きさは伝統的なサイズそのものです。

お分けできるのは4名様で終了となります。


お申込みは赤不動明王院のオーダーフォームよりお願い致します。



[PR]
by masumi-inari | 2017-12-04 16:00 | 赤不動明王院メニュー

師走《しわす》

永作師僧より 勧進のお願い

院主より、勧進のお願いを致します。

このたび、赤不動明王院では、ご本尊さまである赤不動明王尊の尊剣、
並び護摩壇法具を謹製させて頂く運びとなりました。

不動尊剣は刃渡り80cm、全長1mを越える豪剣であります。

皆様の御厚意を賜われば幸いであります。
これはお願いであり、決して強制ではございません。

ご寄進くださったみなさま方へは、宝剣にて特別祈祷をさせて頂く所存でございます。

金剛山赤不動明王院 院主永作優三輝


↓詳しくはこちらの記事をご覧ください↓
【赤不動明王院】 勧進のお願い


12月は、師も走ると言うほど忙しい月である。
増してや31日の秘法謹修の準備もあり、大忙しである。

忙しいのは平和の証拠。
人間、忙しく働ける事は有り難い事です。
感謝に始まり感謝に終わる一年こそ、しあわせでは無いでしょうか。
愚痴にまみれても、同じ一日。
一日の繰り返しが、一年の締めくくり、師走です。

d0359990_13562691.jpg

そして年が明ければお正月。
子供達は、お年玉を手に自分の欲しかった物を買う。
良い風景である。

何時もの日は、一生に一度しかない事を胸に刻み生きる時、あなたの人生は変えられるのです。

愚痴にまみれて居ては、変えられるものも変えられ無いのである。
後ろ向きに成って拗ねて居ても、振り向けば一年はあっという間に過ぎて居るのです。

一日を大切に生きられる人は、それだけで得なのである。
一日の積み重ねが一年であり、一年の積み重ねが一生である。

d0359990_13560588.jpg

その積み重ねを、愚痴や妬みで過ごしたとしたら、勿体無い事である。

人生は責任主体。
良い人生も愚痴まみれの人生も、全ては自分の人生である。

あなたがもしも愚痴にまみれて居るのなら、変えて見ませんか。
変えるも自由。
変えて新しい一日を送れば、変えられます。

境遇や貧困に憎悪しても、全て自分に返ってきます。

ならば、新年からでも良い。
変えて見ませんか?

d0359990_13560779.jpg

潔ぎよく変えられた時、あなたの人生は変わります。
あなた自身が変えるのである。

暗闇の中で愚痴っても、全て自分に跳ね返るこだまなのです。
ならば暗闇から出て、日光の下、明るく生きていれば、必ず光明が見えて来ます。

あなたの歩みに寄り添います。
南無大日大聖不動明王尊
蓮華合掌
金剛山赤不動明王院 院主永作優三輝
仏門に入ってから、一日があっという間に過ぎるように感じます。

勤め人だった頃は、朝が来て退社の時間までが、牢獄に繋がれているように長く苦痛でした…。
することがある、というのは幸せな事です。
勤め人で職場にいるのに仕事がない。
これは居た堪れないものです。

自分の存在意義を感じられる瞬間を、どれだけ怠け者だと思っていても人は求めているのではないかと感じました。

勤めをやめ、闘病の傍ら自営業を始めました。
虚弱体質だったはずなのに、勤めに出ていた時よりも忙しくなりました。

その上修行を始め、寺の事務、自坊の仕事と今やタコ足配線で24時間365日無休です。
それであっても、一日の始まりには新たな瞬間を感じます。

私の場合は信仰がその区切りであり、幕開けです。
御本尊さまのお水、お酒、洗米を毎日取り換えるとき、新しい一日の始まりに感謝します。

まだ日が昇る前の祭壇に進み出るとき、今日一日誠実であろう。という思いが自然と沸き上がります。
基本的に暖房を長く焚かない部屋ですが、礼拝を進めているうちに陽が射して温かくなってくると嬉しくなります。

こころが不平不満や愚痴、悲しみで溢れそうになっている時には、太陽の光を浴びてみましょう。

自分の想いで自分の心を温めることが難しい時には、まず太陽に温めてもらう事が良いと思います。

今日もありがとうございます

感謝合掌
後藤慈優






[PR]
by masumi-inari | 2017-12-04 06:00 | 赤不動明王院便り