2017年 10月 24日 ( 2 )

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眞澄稲荷の分け御霊である香合仏さまです。
おかげさまで、お迎えくださった方から嬉しいお声を沢山頂戴しております。
ありがとうございますm(__)m

本当にお美しいです😍 お顔をずっと眺めていたいです✨

洗米とお酒、お水はすぐに用意出来ます‼️
お供え後は人間が頂戴しても良いのですよね❓
色々と教えていただき、どうもありがとうございます🙏🏻
私だけの礼拝スペースをどのように確保しようか考え中です🤔

先程、荼枳尼天さまを礼拝させていただきました🙏🏻
何だか口を開けて笑っていらっしゃるように見えて、とっても嬉しくなってしまいました😆🎶💕
また荼枳尼天さまとの素敵なエピソードを披露できる日を楽しみにしております💕


こちらこそ、お迎え頂き光栄に存じます。
さまざまな流言飛語が聞こえるダキニさまですが、大切に想い、礼拝する人の事を決してないがしろにしたりは致しません。

おかげさまで眞澄稲荷を再興してから、様々な方にご寄進を頂いたり、お供物を賜ったりするようになりました。
返礼品に何が良いのかと頭を悩ませ、「・・・香合仏?」とも思うのですが、稲荷さんは好き嫌いがかなり激しいですし、お好きで、かつきちんと礼拝してくださる方にでなければお分けできないな…と思って、これまで返礼品としての香合仏はしてきませんでした。
申し訳ございません。
実はそういう意味があったのです。

この香合仏は眞澄稲荷のうつしとして、同じお姿を特注で手彫りして頂いたものです。
大変貴重なものなので、こうして喜んでお迎え下さる方の処に旅立って頂くのが一番だと考えます。

お迎えしてくださった方には、更に深いお祀りの仕方、お供えについてなど、ご指導(というおこがましいものではありませんが)させて頂きますね。

末永く眞澄稲荷とダキニさまのファンで頂けますように。

今後ともよろしくお願い致します。





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by masumi-inari | 2017-10-24 16:00 | お客様からの手紙

供養心

永作師僧より 勧進のお願い

院主より、勧進のお願いを致します。

このたび、赤不動明王院では、ご本尊さまである赤不動明王尊の尊剣、
並び護摩壇法具を謹製させて頂く運びとなりました。

不動尊剣は刃渡り80cm、全長1mを越える豪剣であります。

皆様の御厚意を賜われば幸いであります。
これはお願いであり、決して強制ではございません。

ご寄進くださったみなさま方へは、宝剣にて特別祈祷をさせて頂く所存でございます。

金剛山赤不動明王院 院主永作優三輝


↓詳しくはこちらの記事をご覧ください↓
【赤不動明王院】 勧進のお願い


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親が子を想う心、子が親を慕う心と同じ様に、私達の御先祖様はお見守り下さって居る事を知らねばなりません。
例えば、子供が窮地に立った時、親は自らを犠牲にしてでも子供を助けたいと考えます。
しかし、その行為が子供にとって良くないと判断した場合。
獅子が我が子を谷に突き落とし、這い上がる子を育てた故事に慣って厳しくするのも親の愛です。
それと同様に、御先祖様方は見守って下さって居るのです。

しかし、上記の事を理性的に解釈する時、本質を理解するでしょう。
見護ることの辛さ、歯痒さは尋常一様な事では無い事に氣づくはずです。

例えば、あなたのお子さんが怪我をした時、あなたはただ黙って我が子がどうするか見護るだけで要られますか。
多分、無理でしょう。
しかし、その子を強くするには、時には黙って見護ることが必要なのであります。

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親はいつまでも元気で居るわけでは有りません。
いつかは別れが訪れます。
その時に、一人で立てない子供になって貰いたく無いと願うのは親である証拠です。
昨今はそれすらも判らない親が増えておりますが、変わらないのが御先祖様や守護霊様であります。

子孫を思わない御先祖様、守護霊様はおられません。
そんな優しい御先祖様、守護霊様に感謝の念を表わすのが供養心です。

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当院ではあなたのご要望にお応えする為に、様々な供養法をご用意しております。
ご希望の方はご相談下さい。
密教の秘法を持って最良の方法をお加持申し上げます。

南無大日大聖不動明王尊
蓮華合掌
金剛山赤不動明王院 院主永作優三輝

困難に際し『自分だけがなぜこんな目に?』と思う事は、多かれ少なかれ誰にもありうることでしょう。
しかし…。
いつまでも恨み続け捻くれて拗ね続けるのか。
それとも、「ここからどんなことを學んで吸収できるのか」あるいは「どこまで自分はやれるのか、ここはチャンスだ」と思うのか。
その選択如何で、自分の未来はいかようにも変わります。

負荷がかかっても努力する方を選ぶとき、すぐには反応がなくても様々なお助けが入ります。
それは身近な人、思いがけない他人、そしてご神仏やご先祖さまの力など様々です。

私はこの道に入ってから、死に掛けたり殺されかけたり、経済的に困窮したリ、母が癌再発したりと様々な事がありました。
わりと生死の境を自他ともに彷徨う事が多いような💦

でも、いちいち「どうしよう」「もうダメだ」「死んでしまいたい」等と自暴自棄になったりはしません。
自分の来た道を振り返ると、一番苦しいなと思う状況を少し抜けた後、必ず薄日であっても(;'∀')何か希望が見えてくるのです。
要は、そこに至るまでに諦めてしまうか、持ちこたえるかだけの違いだと知りました。

だから、持ちこたえるまでの間、神仏も、ご先祖さまもハラハラしながら「どうだ?やれるか?」とお見守りなのだという事が、経験上よくわかるのです。
修行をしていると、一番凄惨な状況下で、たまにそのご存在と触れ合わせて頂ける瞬間があります。
※当社調べ

自分の傍で時に不安になりながらも、見えないご先祖様やご神仏さまが見守って下さっている。
そう思うと、悲しくて辛くて涙が流れるときにも、絶望という渦に飲み込まれることはありません。

そして、お見守り頂いたことへ感謝を伝えたいと思えば『必ずや窮地を脱するぞ』という決意のようなものが生まれるはずです。
光の先で待っていてくださる方が差し伸べている手を、あなたは握りますか?
それともいじけて中途離脱しますか?

今日もありがとうございます

感謝合掌
後藤慈優



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by masumi-inari | 2017-10-24 06:00 | 赤不動明王院便り