2017年 10月 02日 ( 2 )


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愛染明王尊 画像お借りしました

いつも眞澄の「祈りの雫」をご愛用くださっている方から、こんなお話を伺いました。

愛染明王さまのルームスプレーを使い始めてからしばらくしたある朝。
前夜に締めて休んだはずのお厨子の扉が開いていたそうです。

忙しくて締め忘れたのかな?
とその時は深く考えずにいたのですが、翌日も、また翌日も、きちんとお厨子の扉を閉めて休んだのに、朝起きると扉が開いているではありませんか。

不思議に思って、お客様から私にご連絡がありました。
祈りの雫は、それぞれの仏さまのご仏徳を入れて頂くよう、赤不動明王院でご祈祷をお願いして作っています。

ですから、お客様がシュッと一吹きされる事に「愛染さま~」「愛染さま、今日もよろしくお願いします」「愛染さま、大好きです」とお声掛けしているのと、同じような状況が起きているのでは?という話を二人でしたのです。

人間でも、職場で「ああ、そこのアンタ」と言われるよりも、「総務の後藤さん」と呼ばれた方が嬉しいですよね。
挨拶して挨拶が返ってくるだけでも嬉しいですが、ただ「こんにちは」と言われるよりも、「後藤さん、こんにちは」と名前で挨拶されると親近感がわきます。

自分に関心を持ってくれているんだな、大事な存在だと思ってくれているのだな、と伝わると、その好意に応えたくなるのは人もご神仏も同じように思います。

仏さまの供物には、花、灯り、香りがとても大切です。
それは仏さまだけが嬉しくなるものではなく、お供えをしている私たちも共に嬉しさ、美しさを共有できるものです。

きっと祈りの雫を通じて、愛染さまとお客様は香りの糸でよりしっかりとご縁が深まったような気がします。

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そんなある日、お客様は会社の健康診断で子宮にポリープがあると判明しました。
以前にもポリープを除去する手術をしていたことがあるので、それを知ったお客様はとても不安をお感じになりました。

忙しい仕事のスケジュールを何とか調整し、翌月初旬に手術の予約を入れましたが、気持ちがザワザワする毎日です。
仕事場でも、ついつい同僚や後輩に対して、厳しい物言いをして後で反省する…といったこともあったそうです。

そんなときも自分を取り戻すために、祈りの雫を使っていらしたところ、またお厨子の扉が開きました。

そして、病院から『急ですが、明日手術をしましょう』と連絡が入ったのです。
手術は無事に成功。
後から気づきましたが、手術の日は愛染明王さまのご縁日でした。

女手ひとつで、お子さんたちを立派に育て、会社でも責任ある立場で忙しく働き、いつもいつも自分の事は後回しの人生でした。
お客さまにとって、この病気は、愛を学ぶための気づきだった。と後から伺いました。

愛染明王さまは、お厨子の扉の向こうから『病に気付きなさい。愛に気付きなさい。そして生きなさい。
あなた自身の為に、そしてあなたを必要としている人たちのために、身体をいたわりなさい』

と仰っていたのではないでしょうか。

こんな風に仏さまから、慈しみのお印を頂けたのは、お客さまの日頃のご信仰のたまものであると存じます。
一日も早く、元のお元気なお客様に回復されますように、心より祈念致します。






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by masumi-inari | 2017-10-02 14:00 | お客様からの手紙

法則

永作師僧より 勧進のお願い

院主より、勧進のお願いを致します。

このたび、赤不動明王院では、ご本尊さまである赤不動明王尊の尊剣、
並び護摩壇法具を謹製させて頂く運びとなりました。

不動尊剣は刃渡り80cm、全長1mを越える豪剣であります。

皆様の御厚意を賜われば幸いであります。
これはお願いであり、決して強制ではございません。

ご寄進くださったみなさま方へは、宝剣にて特別祈祷をさせて頂く所存でございます。

金剛山赤不動明王院 院主永作優三輝


↓詳しくはこちらの記事をご覧ください↓
【赤不動明王院】 勧進のお願い


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全ての実相の中には秩序と規律がありますが、例えば秩序も規律をも無視して行えば、結果は言わずとも明白である。

例を挙げれば、家庭内が無秩序であれば崩壊するように、社会も無秩序であれば無法地帯に成り下がります。
今、世界に欠けて居るのは秩序である。

自国が核兵器を持ちたいから他国を威嚇する。
援助が欲しいから威嚇する、正に餓鬼国家である。
ミサイルマン、老いぼれ大統領も大差無いと考えます。

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日本では勝手に解散選挙が行われ、国民不在状態の状況は正に無秩序では無いでしょうか?
本当の秩序とは、自身が律する事から始まるのである。
生身の人間、間違える事もあります。

しかし、間違えを認め理解することで、その人は間違え無く成長します。
認めず進める事は、傲慢の海に沈むが如しである。

水は高きから低くきに流れ、地球は規則ただしく自転する事で私達は生きられます。
それらを全て当たり前に捉える時、そこには學びは発生しません。

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当たり前の中には學びは存在しない。
当たり前の中には、傲慢しか存在出来ないのです。

従って、思いやり、優しさ、敬う、尊ぶ、氣づき、全て幻と成り下がります。

時には振り返り、自分を自分が分析し俯瞰すれば、誰にでも解ります。
生きる為の反省が、學びに繋がる事に氣づくはずです。

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難しい事ではありません。
自分自身に素直になるだけ。
美しい物を美しいと感じ、素晴らしい事を認める感性である。

南無大日大聖不動明王尊
蓮華合掌
金剛山赤不動明王院 院主永作優三輝

自分の要求を通す為に、他を顧みることなく猪突猛進する。
邪魔者がいれば、問答無用でなぎ倒す。手段は選ばない。
声の大きいもの、力の強いものだけが勝ち残る。

それはもはや自然の法則からも乖離した、人間と言う名前を借りた獣の所業であると私は感じています。
その人間の皮を被った獣が、残念なことに国際的にも国内的にも爆発的勢いで増殖しているのではないでしょうか。

昨今のニュースを見ると、罵り合いのマイクパフォーマンスに終始しているだけ。
という印象が払しょくできません。
自分が良ければ、今が良ければ、しか表面的に伝わってくるものがなく、時代の舵取りを安心して任せられるとは到底思えないのです。

自分が「こうしたい」ではなく、自分の言動が周囲にどう波及するか?
を常に反省し、広い視野で考える力を育てることが調和の世の中を作るためには必要不可欠ではないでしょうか。

今日もありがとうございます

感謝合掌
後藤慈優




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by masumi-inari | 2017-10-02 06:00 | 赤不動明王院便り