2017年 09月 26日 ( 2 )

特別注文荼枳尼天尊完成

このほど、赤不動明王院の信徒さまのご要望により眞澄稲荷の分け御霊を製作致しました。
ちょうど今日、完成した荼枳尼天尊像が赤不動明王院に到着致しました。

眞澄稲荷の1/10の縮小サイズです。
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🌟荼枳尼天尊🌟
人を選ばず、誰の願望でも成就させてくれるとして幅広い層から信仰を集めています。

ご利益にはこのようなものがあります
≪何はさておき、商売繁盛!≫
商売繁昌/事業繁栄/家業繁栄/営業繁栄/

≪稲荷というからには…豊かな恵みに関するご利益も有名です≫
五穀豊穣/大漁満足

でも、それだけではありません。
心願成就という言葉がありますよね?心に願う事を成就させるという意味です。
ですから、他にはこのようなものもあるのです。

≪安全に関するご利益≫
家内安全/交通安全/海上安全/社内安全/工事安全

≪健康や厄除けに関するご利益として≫
病気平癒/身心堅固/良縁成就/安産祈願/厄難消除

≪学業や習い事に関するご利益として≫
試験合格/芸道増進
主なご仏徳
・開運出世
・事業繁栄
・商売繁盛等など

師僧からいつも教えて頂いておりますが、仏像というものは大きなものよりも小さく作る方が高い技術力を要するものなのだそうです。

こちらがわたくしのご本尊さまの荼枳尼天尊像(御前立ちの仏)です。

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荼枳尼天さまが自分のご分身を早く増やされたかったのか、師僧が仏師さんにお願いしていた他の仏さまより先に完成したと伺いました。
仏師さま曰く『ノミが走りまして 』と。
それはたぶん間違いなく、荼枳尼天さまが急がせたせいでしょう。

完成まで3ヶ月は必要です。というお話だったのが、たった1ヶ月で完成したのですから。
登高座も特注です。
見事ですね。

お迎えになる信徒さまは、これから子々孫々までご繁栄されることでしょう。
この美しい菩薩顔の荼枳尼天さまが、いつも信徒さまのご家庭をお守りくださることを祈念いたします。

今回は特別注文でしたが、眞澄稲荷の分け御霊は、木像でも純銀製でも製作可能でございます。
ご希望の方は、ぜひお問合せ下さい。

お問い合わせには

・お名前(フルネームで)
・お電話番号
・ご住所
を必ずご明記の上、rapport_mana@yahoo.co.jpまでメールをお願い致します。


可愛いけれど、精密な彫りの美しい香合仏も大変ご好評を頂いております。




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by masumi-inari | 2017-09-26 14:00 | 眞澄稲荷便り

お計らいの力

永作師僧より 勧進のお願い

院主より、勧進のお願いを致します。

このたび、赤不動明王院では、ご本尊さまである赤不動明王尊の尊剣、
並び護摩壇法具を謹製させて頂く運びとなりました。

不動尊剣は刃渡り80cm、全長1mを越える豪剣であります。

皆様の御厚意を賜われば幸いであります。
これはお願いであり、決して強制ではございません。

ご寄進くださったみなさま方へは、宝剣にて特別祈祷をさせて頂く所存でございます。

金剛山赤不動明王院 院主永作優三輝


↓詳しくはこちらの記事をご覧ください↓
【赤不動明王院】 勧進のお願い


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私は、お計らいの力の凄さを何度と無く知って居る。
事例を挙げれば切りがないほどですが、敢えて書きません。

何故か。
不思議思考に成って欲しく無いからである。
不思議思考は、人間には必要ありません。

必要なのは、素直に受け取り、正心に生きる事である。
《正心に優るもの無し》
欲を制し、感謝と布施の心で生きる時、未知の力が働きあなたに真実を知らしめます。

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一例を挙げれば、行方不明の人が家族の御祈願に依って帰郷、帰宅する。
病の宣告を受けた方が、大難は小難、小難は無難にとお計らいが働かれることも多々あります。
仕事が決まらず困って居た方が、決まった。
借金苦で喘いで居た方が、思わぬ形で救いが来た。
などなど、数え挙げれば切りがないほどです。

此れは全てお計らいの力である。

では何故、お計らいの力が動くのか?
反省と感謝の念が届いた時に発動されます。

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では何故、反省と感謝が必要か。
反省と感謝が足りない場合は必ず繰り返します。

因縁は試練であり、基本的には學びなのです。
學ばず繰り返せば、同じ事が起こるのは当たり前である。

履修し、同じ過ちを犯さ無い為にも反省と感謝が必要であり、其処にお計らいの力が動くのである。


お計らいだけを望んでも、発動はしません。
現代社会が何でも早く出来上がるから、此れもあれも早く出来ると考えるのは、インスタント脳に成っている証拠と言わざるをえ無い。

南無大日大聖不動明王尊
蓮華合掌
金剛山赤不動明王院 院主永作優三輝

昔、古神道の修行をしていた頃、「お計らい」に類する表現として「(ご神仏の)後押し」という言葉をよく見聞きしました。
この「後押し」が頂けるのには条件があったと記憶しています。

それは周囲への感謝、明るく謙虚な姿勢、そして自らの努力です。
後押しは、自らの努力の量によって頂ける、と。
他者との比較ではありません。

私は妹弟子の慈葉さんが御遣いになる「御取り計らい」という表現も好きです。
自分から「ああしてほしい」「こうしてもらいたい」とグイグイ要求して、それを通してもらうというのではなく、自分が誠心誠意生きて努力している姿を御認めくださったとき、思いがけずお導き頂いた…という謙虚なありようを示しているように感じます。

お計らい、あるいは御取り計らいというのは、実は奇跡のような大きなことが次々に起きて、目の前の世界が一変するようなことだと思っている人も多いかもしれません。
だから、既に自分は充分にお計らいを頂いているにも関わらず、自分が抱いている欲の大きさに見合った満足が得られなくて、不平不満を持つことも人間には少なからずあります。

冷静な第三者から見たら、『あなた、それはもう充分に良いことがあったではありませんか。お幸せな事ですよ』と言いたくなるような事でも、「いいえ、私はまだ●●が足りません」という人も沢山います。

そういう人は、大抵人を羨ましがったり、自分を悲劇の主人公に仕立てているので、基本的な感情が不満足感でパンパンなのです。
人の好意、人の意見を取り入れる余地がないので、幸せも入ってくるスキマがないという事に気付けません。

その拗ねてむくれた感情をへこませるのが、感謝の気持ちです。

今日もありがとうございます
感謝合掌
後藤慈優



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by masumi-inari | 2017-09-26 06:00 | 赤不動明王院便り