2017年 08月 27日 ( 1 )

自殺

永作師僧より 勧進のお願い

院主より、勧進のお願いを致します。

このたび、赤不動明王院では、ご本尊さまである赤不動明王尊の尊剣、
並び護摩壇法具を謹製させて頂く運びとなりました。

不動尊剣は刃渡り80cm、全長1mを越える豪剣であります。

皆様の御厚意を賜われば幸いであります。
これはお願いであり、決して強制ではございません。

ご寄進くださったみなさま方へは、宝剣にて特別祈祷をさせて頂く所存でございます。

金剛山赤不動明王院 院主永作優三輝


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【赤不動明王院】 勧進のお願い

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人は何故、自殺に走るのか。
それもまた、物質的価値観の影響と言わざるを得ません。

何故、物質的価値観なのか?

①死んでしまえば終わる。
②命を物質と混同して居る。
③死ねば逃げられる。
その他

自殺は、人生の中退を意味します。
それも自分勝手な中退です。

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動物は自殺をしません。
どんなに苦しい状況に成ろうと生きようとします。

しかし人間は簡単に諦め、自殺に走ろうと考えます。
自殺は勇気ではありません。
諦めと逃げであります。
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私は今日までたくさんの自殺された方の霊と交霊し、真実を観て来ましたが、全ての方々が後悔して居られます《自殺した事を》。

人間は肉体を着た霊なのです。
肉体は衣であり、本当の実体は霊《魂の存在である》
これを理解出来ていれば、自殺など出来るはずもが無いのです。

過ぎた過去にしがみつき、現状の自分を憐れむ《悲劇の主人公》
そんな感情に降り回され自身を見失なう時、魔は忍び込みます。

恥で在ろうが、痛みで在ろうが、自殺の後に来る苦しみに比べれば軽いものなのです。
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自殺で受ける苦しみは、筆舌に尽くしがたいほどの苦痛です。
自殺を考える能力があるならば、その能力を生きる為に使って下さい。
それでも死にたい、と考える方を止める術を私は知りません。

しかし、最後に私と話して下さい。
解り合えない事など無いのです。
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最後と思った時から、新しい明日が始まるのです。

南無大日大聖不動明王尊
蓮華合掌
金剛山赤不動明王院 院主永作優三輝

自分自身の経験を話します。

離婚して最初にお付き合いした方が、公務員さんでした。
しかし、親がカードローン地獄に陥ってその借金を被り(400万円弱)、消費者金融に手を出して多重債務者になりました。
日々掛かってくる取立ての電話に精神をやられ「死にたい。死にたい」と言い始めるようになりました。
しかし、彼は私に借金があること、その借金がサラ金だという事を話さなかったのです。

投げやりで捨て鉢な言動になり、私を傷つけるようになった理由がわからず、とても混乱しました。
しかし、しつこい私はとうとう彼の口を割らせました。

そして死にたい理由がサラ金だという事を掴むと、知り合いの知り合いを尋ねて多重債務専門の弁護士の処にたどり着きました。
執念です。

その知り合いとも全く面識がありませんでしたが、幸いなことに正義感の強い方たちのつながりを辿ることが出来ました。
そこで、彼が公務員であり、初めての多重債務だという事で『任意整理』という方法があることを教わりました。

しかし、職場に借金を知られたくないということ、親から誰にも言うなと口止めされていること、日々の取立てで鬱状態になっていた彼は、私に対してキバを向きました。
『余計なことをしてくれるな。お前が貸してくれればそれで穏便に済むじゃないか』と。

しかし、再婚したかった私は、「今の彼は普通じゃないからそんなことを言っているだけ。真人間に戻って謝罪してくれるまで我慢しよう」と更に食らいつきました。
そして弁護士と彼を引き合わせ、無事に完済までこぎつけました。

…間をかなり省略しています…

返済が進むうちに、彼は穏やかさを取り戻しました。
そして、『迷惑をかけてすまなかった。借金が全て綺麗になったら迎えに行くよ』と誓ってくれたのです。

しかし、私が『あなたがどのようにして苦労して、親御さんの借金を返済したのかをきちんと親に話をしてください。家族で話し合ってほしい。そしてもう二度と同じ手法は使えないことを説明してください』と頼んだことで、話は破談になりました。

親がお前に会いたくないと言っている。何をしに家にくるつもりだ。
家族に打ち明ける意味が分からない。

と言うのが最後の言葉でした。

感情的にブレがあったようで、そのあと「自分が悪かった。やり直したい」と言われ、私以外の人とは結婚しない。
とメールが来ましたが、あっさり半年後に新しい恋人ができていました。

いいことも悪いことも、これで最後だと思う事も、みんな諸行無常です(笑)
のど元過ぎれば…です。

コンチクショウと思ったことも、許せないと思ったことも、この屈辱には耐えられないと思ったことも、時間が立てばなかったことにされることが多いです。
どんなに激しい感情であっても、感謝であっても、人を縛り続けることは出来ないと知りました。

彼がいま、どこでどうしているのか、生きているのか死んでいるのかすら知りません。
が、かつて死にたいと思ったことを覚えているか?
それすら記憶のかなたで風化しているかもしれません。
そんな気がします。

私は人が自殺する瞬間の映像を見たことがあります。
それについては、自分のメルマガで書こうと思います。

全ての感情は流れていくものです。
流れていくものに、流されてしまうのは愚かだ。と20代の私は學びました。

流されるのではなく、流してしまいましょう。
そうするしかないし、それが出来るのも生きているからだと私は思います。

長文にお付き合い頂き、ありがとうございました。

感謝合掌
後藤慈優



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by masumi-inari | 2017-08-27 06:00 | 赤不動明王院便り