2017年 08月 15日 ( 3 )

ずっと愛され続けるナンバーワンの香り。
それが「祈りの雫」孔雀明王さまの香り(霊障対策)です。

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今回、私がブレンド内容を変えるつもりだ…と書いたことがきっかけで、再ブレーク致しました。
それと同時に「今はちょっと手元が不如意でお迎え出来ないけど、変えないでください」というメールやラインもたくさん頂戴しました。
愛してくださる方が沢山いらした事に驚きと感謝の気持ちでいっぱいです。

気持ちがここにきてグラグラしています。
どうしようかな…。

「香りを変えるのではなく、別バージョンを作られたらいかがですか?」というアドバイスも複数頂きました。
そうしようかな…。

それでは、最新のご感想をありがたく掲載させて頂きますね。
ありがとうございます。

慈優さん、こんにちは
今、孔雀明王さまスプレー届きました。
さっそく使いました✨

この香り、一番落ち着きます。
慈優さんのオイル大好きです。

ブレンド内容が変わると聞き残念ですが、これからも慈優さんは素晴らしい香りを作られると思います。
加湿器も草原のようで可愛いですね。

ルームスプレーの容器大きめで良いですね。
今までは自分でスプレーにしていたのですが、何気に手間がかかってしまい、ルームスプレーとして出していただけたことは嬉しいです。
あまり大きくても持ち運びにくいので、15mlで良かったと私は思います。
ありがとうございます。


ミストタイプは、遮光瓶のアトマイザータイプで一時期出したこともありましたが、うちではあまり需要がなかったようで(笑)すぐに取り下げました。
余裕ある経営ではありませんので💦デッドストックは作らない主義なのです。

しかし、「自分で希釈するのは面倒臭い」「ミストタイプはなぜないのですか」「原液は濃いと思います」というご意見やお問合せも継続してありました。
そこで、少しだけ予算に余裕が出来たタイミングで、10本だけ現在のガラス瓶を試験的に仕入れ。

私は発送に使う業者を、宅配会社から郵便局に変えたので、レターパックライトに入る厚みのもの…という事で、様々な瓶を検討していました。
そこでようやくピンときたのがこちらです。

形もシンプルだし、エタノールで割ったときの色味も綺麗だし(メモリーオイルと違って単純ですが)、一度ご購入いただいたら、空になった後は詰め替え用として管瓶入りのブレンドをお求め頂いて、ご自身で希釈して使っていただくこともできます。

また私からの購入でなくても、メモリーオイル等をご自身で希釈してご利用いただくこともできます。

机やサイドボード、鏡台の上においてもお洒落な雰囲気を醸し出してくれるような気がして決めました。


ご自身で希釈される場合は、管瓶1本分の精油ブレンド+無水エタノール15mlにして頂くといいと思います。
もし香りが強いようでしたら、無水エタノールの量をご自身で調整しながら増やしてみて下さいね。





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by masumi-inari | 2017-08-15 12:00 | お客様からの手紙

終戦記念日に寄せて


私が一番好きな祝詞「六根清浄祓」をご紹介致します。



これは「般若心経」の神道版とも言われるもので、非常に理路整然とした内容です。

起承転結がハッキリ。


天照皇太神の宣はく (あまてらしますすめおおかみ の のたまわく)

人はすなはち天下の神物なり (ひとはすはわち あめがしたの みたまものなり)

須らく静謐を掌るべし (すべからく しずめ しずまることを つかさどるべし)

心は則ち神明の本主たり (こころはすなわち かみとかみとの もとのあるじたり)

心神を傷ましむることなかれ (あがたましいを いたましむることなかれ)

この故に (このゆえに)

目に諸の不浄を見て (めに もろもろのふじょうをみて)
心に諸の不浄を見ず (こころに もろもろのふじょうをみず)

耳に諸の不浄を聞きて (みみに もろもろのふじょうをききて)
心に諸の不浄を聞かず (こころに もろもろのふじょうをきかず)

鼻に諸の不浄を嗅ぎて (はなに もろもろもふじょうをかぎて)
心に諸の不浄を嗅がず (こころに もろもろのふじょうをかがず)

口に諸の不浄を言いて (くちに もろもろのふじょうをいいて)
心に諸の不浄を言わず (こころに もろもろのふじょうをいわず)

身に諸の不浄を触れて (みに もろもろのふじょうをふれて)
心に諸の不浄を触れず (こころに もろもろのふじょうをふれず)

意に諸の不浄を思ひて (こころに もろもろのふじょうをおもいて)
心に諸の不浄を想わず (こころに もろもろのふじょうをおもわず)

此の時に清く潔きことあり (このときに きよく いさぎよきことあり)

諸の法は影と像のごとし (もろもろのほうは かげと かたちのごとし)

清く潔ければ仮にも穢るることなし (きよく いさぎよければ かりにも けがるることなし)

説を取らば得べからず (ことをとらば うべからず)

みな花よりぞ木実とはなる (みな はなよりぞ このみとはなる)

わが身はすなはち六根清浄なり (わがみは すなわち ろっこんしょうじょうなり)

六根清浄なるがゆえに五臓の神君安寧なり (ろっこんしょうじょう なるがゆえに
ごぞうのしんくん あんねいなり)

天地の神と同根なるがゆえに万物の霊と同体なり (あめつちのかみと どうこんなるがゆえに
ばんぶつのれいと どうたいなり)

万物の霊と同体なるがゆえに (ばんぶつのれいと どうたいなるがゆえに)

成すところの願いとして成就せずということなし (なすところの ねがいとして
じょうじゅせず ということなし)

無上霊宝 神道加持 (むじょうれいほう しんとうかじ)



こちらの動画には、わかりやすい現代語訳が出てきます。

意味が分かって唱えたり聞いたりすると、ありがたみが増しますよね。

え?私だけ?






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by masumi-inari | 2017-08-15 10:00 | 眞澄稲荷便り

独裁者

永作師僧より 勧進のお願い

院主より、勧進のお願いを致します。

このたび、赤不動明王院では、ご本尊さまである赤不動明王尊の尊剣、
並び護摩壇法具を謹製させて頂く運びとなりました。

不動尊剣は刃渡り80cm、全長1mを越える豪剣であります。

皆様の御厚意を賜われば幸いであります。
これはお願いであり、決して強制ではございません。

ご寄進くださったみなさま方へは、宝剣にて特別祈祷をさせて頂く所存でございます。

金剛山赤不動明王院 院主永作優三輝


↓詳しくはこちらの記事をご覧ください↓
【赤不動明王院】 勧進のお願い

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今、一人の独裁者のわがままに世界が降り回されている。
歴史を見れば分かるが、独裁は悲劇しか生み出さ無い事を理解出来ない狂人が《北朝鮮》世界を震撼させて居る。
ミサイルは花火では無い。
自国内で何故おさまらないのか?
それは、戦中の日本政治を復習すれば誰にでも簡単に理解出来るであろう。

以下は、日本が軍国主義に邁進していた時の一部である。

思想統制、当時の警察は軍部の予備隊的存在である。
やる事と言えば、戦争に反対する者を危険分子として逮捕、拷問を繰り返していた。
国民は軍部の発表を鵜呑みにし、戦争に協力し無い者を非国民とさげすんだ。
正に今の北朝鮮である。

非国民
近現代の日本(とりわけ日清戦争からアジア太平洋戦争に至る時期)において、反国体的・反戦的な活動・言論を行う者や、政府の方針に従わない者などに対して、特定の思想・価値観に基づいて用いられてきた、強い憎悪・非難・侮辱などを含意する表現。

第二次世界大戦前

1925年制定の治安維持法に見られるように、戦前日本においては国体または私有財産制を否定するような結社およびそれを支援するような言動が違法化され取り締まりの対象となっており、実質的に思想・信条の自由に大きな制約があった。

第二次世界大戦中に、戦争遂行に協力しない・不十分な者、果ては生活に不満を漏らす者などに使用され、他にも不満や欲求の表明を抑圧するような各種標語が唱えられた。

(例:「日本人ならぜいたくは出来ない筈だ」「欲しがりません勝つまでは」「贅沢は敵だ、まず不服を言いますまい」「足らぬ足らぬは工夫が足らぬ」「お前は日本人か、その姿で」など)。

戦時体制に順わない者・具体的に反戦を唱える者は近隣住民から「非国民」呼ばわりされ迫害されることもあった。

Wikipediaより引用

拉致連行は誘拐である、と何故日本は言わないのか?
それは、日本でも過去に同じ事をして来たからである。
朝鮮人、中国人を強制連行して炭鉱や危険労働に駆り出した過去があるからです。

拉致
ある個人の自由を奪い、別の場所へ強制的に連れ去ること。
連れ去り。
直ちに身代金を要求することを目的とせず、また別の土地に連れ去る行為で、誘拐の一種である。
特に、ある国家や組織が、政治的・軍事的な理由により行う誘拐を指すことも多く、それが二国間で行われた場合は戦争と見做すことがある。
Wikipediaより

だからと言って北朝鮮の蛮行が容認されるわけでは、断じて無い。
しかし、戦争で解決など無い事を私達も考えるべきでは無いでしょうか?
全てを政府だけに任す時、日本も過去を忘れ蛮行に走る危険性があります。

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国民は国の番人成り。が私は正しいと考えます。
悲劇を繰り返さない為にも、今、私達は関心を持ち、話し合う時では無いでしょうか。
未来の子供達の為に平和を考え、論ずる時では無いでしょうか?

今の日本には、まだ言論統制は確立されて居ません。
しかし、私達がこのまま無関心を続ければ、必ず言論統制に始まり、思想統制が現実化されるでしょう。

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そんな時代を作らせ無い様にするには、私達が考え、行動する事なのです。
過激な事などする必要はありません。
自らが考え、家族と話し合い仲間と話し合い、輪を広げる事が最良と考えます。

南無大日大聖不動明王尊
蓮華合掌
金剛山赤不動明王院 院主永作優三輝

「人間は自然のなかでもっとも弱い一茎(ひとくき)の葦にすぎない。だが、それは考える葦である」
7世紀フランスの思想家パスカルのことば。
彼は代表作『パンセ』の冒頭で、こう述べています。

広大無辺な宇宙に比べれば、人間は無に等しく、「一茎の葦」のごとく弱く悲惨な存在にすぎないが、それは「考える葦」であり、思考によって「宇宙を包む」ことができる。
ここに人間の尊厳があり、偉大さがあるという。
このような偉大と悲惨、無限と無という相矛盾しあう二律背反のなかで、揺れ動く人間の存在を、パスカルは「考える葦」ということばで象徴させているのである。
なお、この句は聖書の「傷ついた葦」(「イザヤ書」「マタイ伝福音(ふくいん)書」)に由来する。[香川知晶]

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説より引用

私たちは弱く小さな存在かもしれません。
ですが、弱いがゆえに考え、話し合い、知恵を分かち合う時に強くも賢くもなれる存在です。
パスカルが言ったように、思考によって世界を包むことの出来る偉大さを秘めています。

弱く悲惨なままの存在でいるのか、自分の、そして隣人の尊厳を守れる知恵を身に着けるのか。
それは私たちひとりひとりに掛かっています。

感謝合掌
後藤慈優




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by masumi-inari | 2017-08-15 06:00 | 赤不動明王院便り