2017年 08月 14日 ( 1 )

荼枳尼天完成

永作師僧より 勧進のお願い

院主より、勧進のお願いを致します。

このたび、赤不動明王院では、ご本尊さまである赤不動明王尊の尊剣、
並び護摩壇法具を謹製させて頂く運びとなりました。

不動尊剣は刃渡り80cm、全長1mを越える豪剣であります。

皆様の御厚意を賜われば幸いであります。
これはお願いであり、決して強制ではございません。

ご寄進くださったみなさま方へは、宝剣にて特別祈祷をさせて頂く所存でございます。

金剛山赤不動明王院 院主永作優三輝


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【赤不動明王院】 勧進のお願い


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私の弟子として、長年、精進を重ねて来た者が一念発起して荼枳尼天本尊を迎える運びに成りました。

荼枳尼天
仏教の神(天)
「荼枳尼」という名は梵語のダーキニー(Ḍākinī)を音訳したものである。
荼吉尼天、吒枳尼天とも漢字表記し、吒天(だてん)とも呼ばれる。

荼枳尼“天”とは日本特有の呼び方であり、中国の仏典では“天”が付くことはなく荼枳尼とのみ記される。
ダーキニーはもともと集団や種族を指す名であるが、日本の荼枳尼天は一個の尊格を表すようになった。
日本では稲荷信仰と混同されて習合し、一般に白狐に乗る天女の姿で表される。剣、宝珠、稲束、鎌などを持物とする。

戦国時代には、各地の武将が城鎮守稲荷として荼枳尼天を祀るようになる。
武将たちの生命のかかった城に祀られる稲荷は、怨敵退散を祈願し闘戦に勝利するため荼枳尼天が大部分だったと考えられている。

近世になると荼枳尼天は、伏見稲荷本願所(愛染寺)、豊川稲荷(妙厳寺)、最上稲荷(妙教寺)、王子稲荷(別当 金輪寺)のように、憑き物落としや病気平癒、開運出世の福徳神として信仰される。
俗に荼枳尼天は人を選ばないといわれ、誰でも願望を成就させると信じられたため、博徒や遊女、被差別階級等にも広く信仰を集めた。

明治政府が成立すると神仏分離政策を受け、それまで全国の寺社に荼枳尼天を勧請していた愛染寺は廃寺となり、伏見稲荷で荼枳尼天を祭祀することは途絶えた。
また荼枳尼天を祀っていた稲荷社も多くは宇迦之御魂神などを祭神とする稲荷神社となった。

Wikipediaより引用


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胎蔵曼荼羅・外金剛部院の荼吉尼衆。外金剛院・南方に配せられる
画像はWikipediaよりお借りしました


此れには、大変な苦労がありました。

何故か?
お迎えする荼枳尼天尊像が普通の尊像では無いのです。

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台座を外しても、重さ三キロを超える純銀製であります。
純銀製の仏像はありますが、重さ三キロを超えるものは私も初めてです。

純銀製の仏像は、《真言八祖の第五祖、善無畏三蔵が翻訳した経典》に基づいて私が各職人に造らせた荼枳尼天尊像であります。

密教部〈2〉蘇悉地経・蘇婆呼童子経・十一面神呪心経 (新国訳大蔵経)

三崎 良周,林 慶仁/大蔵出版

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そして、生涯の夢と心に誓い、精進を重ねて来たのが私の弟子である女性行者なのです。
男弟子でも中々なし得ない快挙を、女性の身が成し遂げたのです。

コツコツと働き、切り詰め、夢だった尊像を迎える事は、並大抵な事ではなかったと私は察します。

今後は、祭主としての苦労はあるでしょうが、応援して下さい。
私も出来る限りの尽力をし、弟子の夢を実現させてやりたいと考えます。

荼枳尼天尊像は、現在、最後の仕上げ段階に入って居ります。
開眼供養の折には、皆様にお披露目を兼ねて公開する予定です。

その後は、皆様の願意を叶える尊像として安置されます。

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南無大日大聖不動明王尊
金剛合掌
金剛山赤不動明王院 院主永作優三輝
師僧を始め、全国各地で御活躍の一流の職人さまたちのお力をお借りすることが叶い、私の生涯の祈祷本尊である純銀製の荼枳尼天像が完成致しました。
本当にありがたく、胸がいっぱいです。

私の行と夢、そして目標の為に最大限の叡智と技術で応援してくださったすべての方に、心より厚く御礼申し上げます。

仏門に入るまでにも、様々な行をしてきた私ですが、私の人生の筋書きはここにたどり着くように薄く鉛筆書きされていたのかもしれません。
それは私が「選ばれし特別な者」だからではなく、今生、この世界に生かさせて頂く上での學びがこの道にあったからなのだと思います。

荼枳尼天尊、お稲荷さんといえば、一般の方にとっては「商売繁盛・出世・開運」。
わかりやすく即効性のある現世利益のご神仏。
あるいは「一度手を合わせたら生涯拝み続けないと恐ろしい目に遭う怖いご神仏」というイメージなのではないかと思います。

私もずっとそんな風に思ってきましたが、調べていくうちに、それはご利益・ご仏徳の一部分であり、実はそれ以外にもあると分りました。
そして、そのことがなぜ私が密教へ?という疑問と重なってきました。

これまで、何かわからないことを調べると、答えに出会ってスッキリ。という事が殆どでした。
が、こと密教に関しては、調べれば調べるほど深い森の中に彷徨い込むよなうな感覚があります。

ですが、荼枳尼天さまが私を選んでくださったという事を心の灯明とし、ご本尊さまの元これからも修練を重ねていく所存でございます。

ふつつか者ではございますが、皆様方におかれましては今後ともご指導ご鞭撻のほどよろしくお願い申し上げます。

感謝合掌
後藤慈優





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by masumi-inari | 2017-08-14 06:00 | 赤不動明王院便り